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インタビュー

地震・津波の予測データ作成の専門家に聞く 日本海溝・千島海溝沿い巨大地震の被害想定

2022.08.31

2021年12月に内閣府が公表した日本海溝・千島海溝沿い巨大地震の被害想定は、その人的被害の大きさなどから社会に衝撃を与えました。この被害想定について、地震動や津波の解析業務に携わった応用地質の担当者に専門的な見地からのお話を伺いました。

日本海溝・千島海溝沿い巨大地震の被害想定とは

2021年12月、内閣府は、日本海溝のうち北海道から岩手県の沖合の領域と、千島列島から北海道の沖合にかけての千島海溝沿いで発生する2つの巨大地震について、被害想定を発表しましたが、最悪のケースでは死者が20万人近くに達するとされるなど、その被害の大きさが社会に衝撃を与えました。

今回対象とされた巨大地震では、最新の科学的知見に基づく最大クラスのものを想定しており、その地震の規模は、日本海溝沿いではマグニチュード9.1、千島海溝沿いではマグニチュード9.3のとされています。日本海溝沿いの巨大地震の場合は、津波が東北や北海道の各地で10メートルを超え、千島海溝沿いでは北海道東部を中心に20メートルを超えると予測されています。

また、被害想定では「1.冬の深夜」、「2.冬の夕方」、「3.夏の昼間」という条件の異なる3パターンについて被害量が推計され、建物では、積雪や出火のおそれが高まる「2.冬の夕方」の場合が最も被害が大きく、全壊は日本海溝モデルでは約22万棟、千島海溝モデルは約8万4千棟とされています。死者数は、積雪などで避難のための移動が困難となる「1.冬の深夜」が最大であり、日本海溝モデルは約19万9千人、千島海溝モデルは約10万人と推計されました。

一方で、津波避難タワーなどの整備を進め、浸水域にいるすべての人が10分ほどで避難を開始すれば、死者数は約8割減らせるともされています。

専門家から見て被害想定はどのようなものだった?

今回の被害想定の詳細な内容や、想定が行われた経緯などについて、地震防災事業部 (現:防災・減災事業部) の根本信氏にお話を伺いました。

地震防災事業部 (現:防災・減災事業部) 根本 信

日本海溝・千島海溝沿い巨大地震について、2021年12月に国の検討会により被害想定が公表され、大きな話題となりました。まずは、この地震の特徴について、教えていただけますか?

2011年の東北地方太平洋沖地震の教訓を踏まえ、国では「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波」の被害想定を行っています。2012年に南海トラフ (西日本)、2013年に相模トラフ (首都圏) の被害想定を行い、今回日本海溝・千島海溝 (東日本および北海道の太平洋側) の最大クラスの地震・津波の被害想定が行われました。

今回想定された日本海溝・千島海溝の巨大地震は、南海トラフの巨大地震と同様に、広範囲にわたり高い津波が予測されている点が特徴です。

今回は、2つの海溝での被害想定という形になっており、それぞれ「1.冬の深夜」、「2.冬の夕方」、「3.夏の昼間」に発生するケースを想定し、シミュレーションが行われています。この3つのケース以外の季節・時間帯でも地震は発生する可能性はあると思いますが、なぜこの3つだったのしょうか?

地震が発生した場合の被害の様相は、発生時の社会活動の状況に大きく左右されます。そのため、一般的に地震被害想定は季節・時間が異なる複数のケースを想定して実施されます。より多様な状況を想定するという意味では、より多くのケースを想定することも考えられますが、一般的には典型的な数ケースを想定します。人の活動のパターンを大別して夜と昼の2ケース、火災の発生しやすさや気象条件 (気温・積雪) を考慮して夏と冬の2ケースが通常行われます。

日本海溝・千島海溝沿い巨大地震の被害想定では、最悪の場合、死者は10万人から19万9000人に達するとのショッキングな内容もありました。一方、津波タワーなどの避難施設を整備するとともに、浸水域にいるすべての人が10分ほどで避難を開始すれば死者の数を8割減らすことができるとされています。10分以内に避難開始するためには、普段からの心構えや準備なども欠かせないように思いますが、専門家のお立場からは、逃げ遅れを防ぐためには何が最も重要と考えられますか?

逃げ遅れをゼロにするためには、津波警報が発表された際に確実に避難をしていただくことが必要です。しかし、津波注意報や津波警報が出ても、実際には大きな被害が生じないことが続くと、オオカミ少年のような情報になってしまい、避難しない住民が増えることが懸念されます。

一方で、2011年東北地方太平洋沖地震の後に、千葉県から北海道の太平洋沖に150基の水圧計からなる津波観測システム (S-net) が防災科学技術研究所によって構築されました。また、南海トラフ沿岸でも、同様の観測システム (N-net) の整備が進んでいます。この観測システムの情報を使えば、沿岸に津波が到達する数十分前に、沖合でどのような津波が発生しているのかをリアルタイムで確認することができ、避難の切迫度がわかります。今後、このシステムの観測情報を生かし、津波注意報・津波警報をより高精度化していくことが必要と思います。

応用地質は地震・津波の予測データを作成

そもそもなぜ、日本海溝・千島海溝でこのような被害想定が行われたのでしょうか?言い換えれば、なぜ、このエリアで被害想定を行う必要があったのでしょうか?

2011年東北地方太平洋沖地震が発生し、宮城県沖を中心とする領域では、プレート境界面の歪みが解放されたと考えられています。しかし、その震源域の南側や北側では歪みが解放されていないため、近い将来に大きな地震が発生する可能性が考えられています。

また、最近の調査により、東北地方から北海道にかけての太平洋側では、過去に大きな津波が襲来した証拠である「津波堆積物」が多くの地点で見つかっています。特に北海道の沿岸では、「津波堆積物」から巨大地震の発生間隔が400年程度と推定されていますが、最後に発生した巨大地震が1600年代前半と確認されているため、近いうちに巨大地震が発生することが懸念されています。

そのため、このような巨大地震が発生した場合の現時点での被害程度を明らかにし、今後の被害を軽減するための対策を検討する目的で被害想定が行われました。

応用地質は、この被害想定のどのようなプロセスに関わっているのでしょうか?

応用地質は、この被害想定そのものは実施していませんが、内閣府から発注された業務の中でこの被害想定に用いられた地震・津波の予測データを作成しています。地震動は約250m×250mメッシュごとの震度、津波は約10m×10mメッシュごとの高さや到達時間のデータを作成しています。

根本さんには過去2回にわたり本メディアに登場いただき、津波シミュレーションのテクニカルな部分についてもお話しいただきました。今回、改めての質問になりますが、調査に至った経緯や苦労、新たに試みられたことなどがあれば教えてください。

津波堆積物の調査を通して、日本海溝・千島海溝の巨大地震が過去に発生したことが確認されています。ただし、どのような揺れがあったのか、またどのような津波が来たのか歴史記録が残されていないため、その地震像が南海トラフの地震の過去の記録 に比べて曖昧模糊としています。そのような中で、合理的な最大クラスの断層モデルを設定することは大変難しい作業でした。基本的には津波堆積物の分布を再現できるようなモデルとして設定されましたが、今後の津波堆積物などの科学的な調査が進むにつれて、断層モデルも見直される可能性があります。

本年5月には宮城県が「東北地方太平洋沖」と「日本海溝」「千島海溝」での被害想定を公表し、最大被害のケースでは東日本大震災を上回る浸水面積になるとして、話題となりました。本件は、上記の日本海溝・千島海溝沿い巨大地震に関する国の想定を受けたものになるでしょうか?また、本件でも応用地質は関わっているのでしょうか。具体的には、どのような業務を行ったのでしょうか?

今年5月に宮城県から公表されたのは津波浸水想定であり地震被害想定ではありません。津波浸水想定は、最大クラスの津波を用いて各都道府県が実施しています。今回の宮城県の津波浸水想定は応用地質が実施したものではありませんが、応用地質が関わって設定された内閣府の日本海溝・千島海溝の最大クラスの津波断層モデルが使用されています。

今後、他の地域で懸念される巨大地震は?

応用地質はこれまで、東海地震、南海トラフ地震、首都直下地震などについても地震動や津波の解析に関わってきましたが、このような巨大地震の発生が心配される地域は、日本にはまだ他にもあるのでしょうか?

巨大地震の発生が心配されている他の海域としては、千葉県沖から伊豆・小笠原諸島にかけての日本海溝南部および伊豆・小笠原海溝、九州から沖縄県にかけての南西諸島沿岸が挙げられます。これらの地域では、最大クラスの地震を設定するだけの科学的な調査結果が十分に集まっていませんので、今後の学術的な調査の進展が期待されます。

一方、日本海側の沿岸では、太平洋側ほどの巨大地震は想定されていませんが、国土交通省・内閣府・文部科学省が事務局となった「日本海における大規模地震に関する調査検討会」で2014年に検討結果を報告しており、その結果が太平洋沿岸の各自治体の地震・津波想定に生かされています。この検討会でも、応用地質は断層モデルの検討や津波シミュレーションを実施しています。

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