目からウロコな防災メディア防災・減災のススメ

インタビュー

防災・減災に活かされる"津波シミュレーション"~災害を見える化し、防災対策の社会的合意形成に貢献~

2021.08.03

津波の防災・減災においては浸水区域の予測や被害想定において、デジタル空間で津波を再現する津波シミュレーションが大きな役割を果たしています。今回は、応用地質において、その作成業務にあたっている地震防災事業部 (現:防災・減災事業部) の根本信氏にお話を伺いました。

津波シミュレーションとは?

津波シミュレーションとはどのようなものでしょうか?

陸地と海底の地形をコンピュータの中で再現して、そこに地震を起こし津波を発生させ浸水や被害の状況を調べます。その結果はアニメーションで可視化することができます。

津波シミュレーションにはどのようなデータが必要ですか?

①地形データ、②粗度データ、③堤防データ、④地殻変動量データの4つが必要です。②粗度データというのは、例えば、田んぼやコンクリート面は水が遡上しやすいですが、住宅地は遡上しにくく、その違いを摩擦係数のように表現したものです。④地殻変動量は、地震の際に断層で地殻が動く量で、地震が持ち上げる海水分布となります。

正確なシミュレーションを実施するのに必要なことは何でしょうか?

この4つのデータを精度よく作成することです。地形データは航空レーザー測量のデータなどを使います。応用地質では20年前からデータの蓄積があり精度の高いデータを迅速に作成できる体制を整えているところが強みです。

そうした高精度データを用いて個々の津波シミュレーションを実施する上で、実作業にあたる皆さんが精度について気をつけていることはどんなことですか?

各データ間で段差ができたりせずに現実を正しく反映したデータとすることなどに気を使います。例えば、内閣府・中央防災会議の業務で作成した南海トラフ地震の津波シミュレーションでは最大10人ほどの人員のうち半数超の6人ほどが地形データの作成に割り当てられました。河川のところは20都府県以上を対象に横断測量データをつなげて平面的なデータを作らなければならず、そのデータを整理して補間するという作業に大変手間がかかったのです。

津波シミュレーションはどのような計算機で計算するのでしょうか?

津波が広範囲な場合にはスーパーコンピュータやPCをたくさん繋いだPCクラスタを使います。南海トラフ地震の津波シミュレーションではつくばのオフィスで500台ものPCクラスタを使用しました。夏場にPCクラスタをフル稼働したため室内は40度を超える暑さとなり、オペレーションは大変でした。

計算ミスを起こすようなこともあるのでしょうか?

慣れていないと、地形データを取り違えておかしな結果になることもあります。例えば、津波が来る方向がおかしいのでよく確認すると地形データが南北反転していたなんていうこともありました。計算結果に対しては、常に「間違っているかも知れない」と疑いの目で確認することが必要です。

津波シミュレーションから読み取れること

津波シミュレーションによってどんなことがわかりますか?

津波は同じ海岸でもその高さに差が出ることがあります。その原因が目には見えていない海底地形の影響であることが判明したりします。これによって例えば、従来は説明できなかった古文書に記された災害状況が解明できたりすると、ちょっとした歴史探偵のような気分が味わえることがあります。

南海トラフ地震の津波シミュレーションを行ったことで、今回初めてわかったことなどはあったのでしょうか?

2011年の東北地方太平洋沖地震の経験を受けてM9の地震を想定して津波シミュレーションを行ったところ、場所によって30m以上の高さの津波が生じる可能性があることがわかりました。実際に生じるかどうかは断言できませんが、客観的根拠に基づいて提示したことで各地の防災対応が大きく進んだものと考えています。

専門家の方も驚くような発見をすることはありますか?

東北地方太平洋沖地震の際に、津波が到達する前に振幅1m程度の海水変動が生じたのですが、その理由を突き止めたことがありました。地震が起きると海底がグッと東に動かされて水が揺すられたと分かったのです。新たな発見でした。

防災に活かされるシミュレーション

国や自治体では、津波シミュレーションを防災・減災にどのように活かしているのでしょうか?

シミュレーションに基づいて避難すべき範囲や津波対策を行う範囲が決められます。具体的には、津波浸水想定区域が設定されてハザードマップが作成され、津波災害警戒区域が定められています。また、シミュレーションに基づく被害想定から、減災のためのアクションプランが策定され、それらは着々と実行に移されています。

南海トラフ地震について津波が数十mに達する可能性のある地域もあるというお話でした。そうした地域では、どのような対策が行われているのでしょうか?

国では、100年に1回程度起きるクラスの津波には防潮堤の整備などハード対策で防御し、それを上回る津波に対してはハザードマップを整備し、防災意識を高め、コミュニティの力を活かすようなソフト対策で補って防御することを考えています。震災以降、ハード対策は進んでいますが、住民の反対で対策に停滞が生じている地域もあるようです。

住民の反対というとどのようなものですか?

観光地などで観光事業者などより、海辺の景観保全の観点から高い防潮堤の建設に反対する声が上がるようなこともあるのです。

その解決にシミュレーションが役立つこともあるのではないですか?

正にそうです。津波や災害を可視化するだけでなく、堤防の高さを変えるとどの範囲まで浸水し、どの範囲まで資産が守れるかもわかります。それに対して、観光資源を金額に換算して落としどころを探るという社会的合意形成を図るお手伝いができます。

津波シミュレーションのこれから

津波シミュレーションの今後の展望を教えてください。

シミュレーションの技術は日々進化しています。その最新技術の中には、例えば、AIを駆使して、地震発生時にどのような津波が到来するか即時的に予測する技術などが出てきています。我々も、コンサルタントの立場で、最先端の技術を採り入れながら、住民の皆さんのために意義ある結果が出せるようにその技術を使っていきたいと考えています。そのためにアンテナを広げて、時代を先取りしていく必要があると思っています。

インタビュー記事