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インタビュー

持続可能な地域・社会の形成を目指す産学連携の研究所「共創Lab」

2023.04.21

2022年4月に発足した応用地質の研究所「共創Lab」。同年10月には"関東大震災から100年を前にして"とのワーキングペーパーを公表するなど、早くも活動が活発化しています。急激な社会変革の時代に適応した課題解決手法の開発を目指して設立された同研究所について、所長の井出 修氏と、研究員の山﨑 雅人氏、清水 智氏にお話を伺いました。

社会課題解決のために設立した「共創Lab」

まずは、共創Labの設立背景と、設立の目的を教えてください。

昨今はVUCA時代とも言われていますが、気候変動やデジタル技術による経済・産業構造の革新、パンデミックによる生活習慣の一変など、ひと昔前には誰も予測し得なかったような変化の中に今の私たちは置かれています。また、社会構造もどんどん変化していっています。物事が複雑に絡まり合って、問題があってもその全容をすぐに把握し、対処する事が困難になってきました。つまり、従来の延長線上での物の考え方や、局所的・部分的な問題解決の方法が、もう限界にきているのです。

例えば、産業の世界では、今日では地域や国を超えてサプライチェーンが高度に発達しています。ここに、ひとたび大きな自然災害が発生すると、その経済的な影響は発災地だけでなく、世界中に及ぶようになってきています。自分の会社だけ災害に強くなっても、何の問題解決にもつながらなくなっているのです。自然災害の規模も大きくなっています。またその被害も激甚化しつつあると言います。防災の面では、従来と同じような対症療法的な防災対策ではもう対応が追い付かなくなっているのです。それだけではありません。価値観も多様化しています。防災インフラ1つ建設するにしても、地域住民の生業や観光資源、景観にも配慮しなければいけませんし、その地域の人口動向や財政状況へも考慮が必要な時代です。

このような現状において、これから先の社会の課題を解決していくためには、物事を多面的に評価・分析し、統合的な課題解決手法の開発が必要と思います。このような課題認識のもとに、共創Labは発足しました。

※ VUCA(ブーカ):経済・社会環境などが大きく変化し、先行きが不透明で未来の予測が困難な状態。「Volatility:変動性」「Uncertainty:不確実性」「Complexity:複雑性」「Ambiguity:曖昧性」を組み合わせた造語

今までは、ここが壊れているからここを補修すればよい、というような、目の前に見えている現象に対して問題解決を図ろうとしてきましたが、そのような一筋縄ではいかなくなった、ということですね?

防災の現場では、人命を守ることは勿論なのですが、近年は、人々の生活を支える経済活動も併せて守っていこうという流れにあります。経済活動を守ることは、例えば、災害リスクの高い自社工場を守ることだけではもう済みません。企業間のサプライチェーンやそれらを支える各種のインフラも守らなければなりません。企業の経済活動は、今や全国的に分業が進んでいます。仮に自社の工場で災害時の事業継続に向けて対策をとったとしても、サプライチェーンの上流・下流が被災し、取引先が稼働できなくなると、対策をとった自社工場も稼働できなくなります。

自然災害によるサプライチェーン寸断が経済活動を阻害してきた事例は過去に多数あります。東日本大震災では、一部の部品メーカーが被災したことにより、全国の完成車工場が停止する事態も発生しました。熊本地震でも同じような事が起きています。

出典:熊本災害デジタルアーカイブ/提供者:大津町 (※熊本県より転載許可をいただいております)

また、防災対策というと、建物の耐震化や堤防の整備、避難訓練といったイメージがあるかもしれません。勿論、これらは防災対策の基本であり欠かすことはできません。他方、まちづくり、地域づくりのレベルで見ると、景観や自然環境、少子高齢化への対応、経済的な活力、にぎわいといった要素も重要で、災害に強いまちづくりを目指すとしても、これらを二の次にはできません。価値観の多様化した現代では、防災の観点だけからでは、まちづくり、地域づくりは失敗するでしょう。多様な価値観があるので、多面的な評価が必要です。そして、どの価値観を優先するかではなく、多様な価値観に考慮した形で、物事を提案していくことが求められているのです。防災のあり方も、基本は押さえつつも、工夫が求められています。よって防災を他の社会課題の解決策と統合するアプローチを、実践を通じて確立する必要があると考えます。

このような研究所を応用地質が設立する意義とはどのようなものでしょうか?

当社の経営ビジョンには、「地球にかかわる総合コンサルタントとして、地域社会に貢献するとともに独創的な技術により、新しい市場を自ら創造できる企業」となることを明記しています。今の社会課題が何かを認識し、その解決方法を自分たちで見つけて社会に提案し、実装していくことを目指す、そういう形の事業活動が民間企業としてあっていいと思います。自らが開発した問題解決手法を実践する形で社会に発信する民間組織であるという自覚のもと、問題解決の方法を研究し、それらをビジネスとして展開することが社会貢献につながるのであれば、そこに意義があると考えています。

一方で、防災に係る社会課題の解決方法を開発し、更には他の社会課題の解決策とも統合して、これらを社会で実践・実装していく場合には、様々な場面で「中立」の態度が求められるとも認識しています。

中立という考え方からすると、今後は応用地質とは独立した研究機関として、社外の公共機関と連携していくこともあるのでしょうか。

共創Labはあくまで応用地質の中の1つの研究部門であり、組織の一部です。したがって、現状は、会社から独立したり、他社から出資を受け入たり、といったことは考えていません。大学等と連携した研究体制により、最先端の学術的な知見を吸収しつつ、実践的な課題解決手法の開発を目指して行きたいと考えています。また、このような活動を通して、社外の機関から研究事業を受託することも考えています。

「共創Lab」の組織・体制について

共創Labは産学連携ということですが、どのような機関と連携されているのでしょうか。

現在は、研究運営指導者として、京大名誉教授の岡田憲夫先生に協力いただいております。岡田先生には、10年程前から当社の社外顧問として、総合防災や持続可能な社会等に係る内容を中心に技術面での指導をして頂いております。共創Labの研究内容や方向性についても、岡田先生にご指導をして頂いています。岡田先生の先端的な研究や考え方等を共創Labでも展開していきたいと思っています。

また、京都大学防災研究所の多々納裕一教授とは、経済被害予測モデルの高度化に関する共同研究を進めさせて頂いております。具体的には、地震や豪雨で被災した企業が被災から正常な操業水準に戻るまでの時間を予測することで、災害によるマクロ経済のインパクトを分析するとともに、これらのインパクトを小さくしていくための効果的な防災対策を研究していくものです。

OYOフェア2022:より高度な経済被害想定に向けて ~自然災害の活発化に対応した経済被害予測研究の最前線~

共創Labの研究テーマとは

研究テーマとして、プレスリリースでは、「実装化重点研究」と「パースペクティブ研究」とありました。この2つについて、まずは簡単に言葉の解説をお願いします。

共創Labでは、自然災害、気候変動、環境保全、人口減少社会等に対応した「持続可能な社会の構築」のための研究を対象としています。その研究テーマとして、「実装化重点研究」と「パースペクティブ研究」の2つを設定しています。

実装化重点研究は、短期間(2~3年)で研究成果を出し、社会実装につなげていく研究です。ここでは現在、経済的評価アプローチに基づき、災害時の経済被害予測手法の高度化に取り組んでいます。これまで山﨑主席研究員が名古屋大学寄附研究部門で開発したモデルについて、検証研究を複数実施し、社会実装に向けた分析・評価手法を開発するものです。

「パースペクティブ研究」では、現在起きている未曽有の事象から将来起こりうる課題を予測した上で、それらの課題に対ししなやかに対応できる社会・経済のあるべき姿を設定し、そこに向けてバックキャストティングアプローチで対策を研究・開発します。

「実装化重点研究」ならびに「パースペクティブ研究」の推進に当たっては、共創Labの設立理念である"共創的な場創りと共創的研究"をベースに研究活動を推進していきます。

実装化重点研究での自然災害の経済被害予測手法の高度化、とはどのような研究なのでしょうか?また、この研究を進めた先に、いまの日本の防災はどう変わるのでしょうか?

自然災害は被災地の経済活動を停滞させます。被災地の復旧・復興と被災者の早期の生活再建を図るためには、いかに早く地域経済を災害によるダメージから回復させるかが鍵となります。そして、地域経済の早期の回復を図るためには、サプライチェーンによる被害の連鎖も含めた経済被害の規模や要因をシミュレーションモデルによって事前に予測しておくことが重要です。このような予測手法を確立することができれば、経済被害を少なくするための効果的・効率的な防災対策を導くこともできるようになると考えています。

パースペクティブ研究での「バックキャスティングアプローチ」とは、防災の分野で言えば、具体的にはどのようなことをイメージしているのでしょうか?

バックキャスティングアプローチとは、未来のあるべき姿から、現在にさかのぼって課題解決を考えるアプローチ方法です。今後、気候変動が進行すると、今よりも自然災害の頻度や規模はさらに増加することが考えられます。一方で、今後の日本の人口減少を考えると、自然災害に対応する様々なリソースも減少せざるを得なくなるでしょう。そうした中で、懸念されている首都直下地震や南海トラフ巨大地震、大規模水災害等に効率的に対応するためには、将来の人口減少社会を想定した災害に強いまちづくりや災害リスクに応じた土地利用・都市計画といった考え方が非常に重要になると考えています。防災・減災面でのパースペクティブ研究としては、現在から将来にわたり災害に強い社会を創るため、実装化重点研究で得られた研究成果を利用しながら、気候変動の進行・人口の減少を迎えた社会における経済被害リスクの低減に関する研究を進めていきます。

共創Labが発表したワーキングペーパー「関東大震災から100年を前にして」

研究成果は学会等で論文発表されていくとのことですが、直近では、共創Labのウェブサイトに「関東大震災から100年を前にして」というワーキングペーパーが掲載されています。未曽有の被害をもたらした関東大震災が現代の日本で発生した場合にどのような被害が起こるかという試算を行っているものですが、まずはこのワーキングを行っている背景や目的を教えてください。

2023年は関東大震災から100年の節目の年となります。関東大震災から100年になりますが、東京をはじめ首都圏の様相は大きく変わりました。いわゆる東京一極集中が進み、人口と資産、そして多様な経済活動が首都圏に集積しています。またサプライチェーンは広域に展開され、首都圏とその他の地域の経済的つながりは大正時代よりもはるかに強いものとなっています。一般的に、経済活動の集積やサプライチェーンが表す広域での分業体制は経済にとって良いものです。しかし、ひとたび巨大地震や大規模洪水が生じれば損失は甚大となります。集積と分業からなる現代の経済構造は自然災害にとても脆弱です。関東大震災から100年を迎えようとしている今、大正時代から大きく変化した首都圏や日本全国を対象に経済被害シミュレーションを行う狙いは、経済の規模や仕組みが変化したことのメリットだけでなく、そのリスクも認識してもらいたいという思いがあります。

上記の試算を行った結果について、簡単に解説をお願いします。また、このような試算結果は、従来の同様の研究とは異なる結果となっているのでしょうか?

1923年に関東大震災を引き起こした地震が再び首都圏を襲った場合、国内総生産(GDP)は最初の1年間で約61兆5千億円減少します。GDPを550兆円とすると、1割以上が消失する深刻な経済ショックとなります。被害はサプライチェーンを通じて、地震による直接的被害の少ない道府県にも波及します。

一方で、もし企業の設備被害を3分の1だけ減らす対策を多くの企業が実施すれば、GDPの損失額は半分にまで減ることが今回の研究でわかりました。これは、地震の揺れの被害に対して速やかに操業を復旧できる対策が、サプライチェーン寸断を速やかに解消し、全国的に経済被害を抑えることができることを示しています。

GDPの損失といった「間接被害」は国によっても予測されています。しかしサプライチェーンといった経済的取引を通じた地域のつながりや、経済の復旧過程は国の予測モデルでは明示的に考慮されていません。学術レベルでは空間的および時間的に自然災害の経済被害を捉える研究は発展してきています。私たちの研究のポイントは、学術レベルの研究を社会で役立つよう工夫をしているところにあります。

最後に、今後の共創Labの目標や行っていきたいことなどを教えてください。

民間企業の中にある組織ですが、これから、できるだけニュートラルな立場で、できるだけ多くの形で、様々な研究成果を発表したいと思っています。パースペクティブ研究の中では、ウェルビーイングの視点に基づいたまちづくりや防災の研究も行っていきたいと考えています。ウェルビーイングとは、「身体的、精神的、社会的に、良好な状態になること」を意味する概念であり、近年は企業経営のアプローチとしても注目されています。すなわち、従業員が心身ともに充実し、高い意欲を持ちつづける状態を作ることで、仕事の生産性や創造性を上げていく、といったようなことですが、このような考え方は、個人や企業だけでなく、地域社会にも適用できると考えています。もちろん、災害を経験することなく社会経済活動を進めることができることがベストでありますが、不幸にも何らかの自然災害が発生してしまう場合も考えられます。そういった場合でも、被災しにくい企業、被災の影響が波及しにくい地域社会を創ること、また、そういった活動に寄与できるような研究を進めることが重要だと考えています。

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