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インタビュー

整備された街並みを土砂が襲う!!近年増加する"都市型斜面災害"とは?〈前編〉

2022.06.09

豪雨による洪水や土砂災害が頻発化する中、近年増えているのが都市部で発生する都市型斜面災害です。インフラが整備された街並みを突然土砂が襲うこの災害はどのようなメカニズムで発生し、対策には、どのような手立てがあるのでしょうか?専門家への取材を軸に、前編と後編の2回にわたりこの問題を取り上げたいと思います。

豪雨災害の頻発と都市型の土砂災害の増加

気候変動の影響により、近年では毎年のように豪雨災害が発生しています。雨の季節になると、各地での痛々しい被害の状況をテレビの報道などで目にすることも、珍しくなくなってきました。

地域気象観測システム「アメダス」の観測によると、1時間降水量50ミリ以上の短時間豪雨の発生頻度は、統計を開始した1976年からの10年間に比べて、直近10年間は約1.4倍に増加しています。令和3年に激甚災害に指定された2件の災害は、5月から7月にかけての豪雨と8月の暴風雨・豪雨によるものであり、どちらも雨が関係するものでした。

このような状況で、ここ数年増加しつつあるのが"都市型斜面災害"と呼ばれている土砂災害です。土砂災害というと、山間部等で発生しているイメージがありますが、実は都市部でも土砂災害による被害は増えているのです。

このような都市部で発生する土砂災害は、一体どのようなものなのか、応用地質で土砂災害などの防災関連業務に長年従事されてきた流域・砂防事業部 (現:防災・インフラ事業部) の矢部満氏にお話を伺いました。

流域・砂防事業部 (現:防災・インフラ事業部) 矢部 満 上級専門職

都市部における斜面災害の現状

最近は都市部での斜面災害が増えていると聞きますが、実際に増加しているデータはあるのでしょうか?

あります。代表的な都市の例では、神奈川県横浜市などがあります。同市は丘陵地帯に市街地が広がり、崖地が多いことで知られています。2021年10月末現在で2,403区域の「土砂災害警戒区域」が指定されていますが、その全てが崖崩れ (急傾斜地の崩壊) の危険性を理由に指定されています。

同市の公表資料 (過去の災害) から抽出した、年間の崖崩れ発生数は、2012年以降発生数が増加傾向にあるといえます (図1)。これらの崖崩れの多くは土砂災害警戒区域で発生していると考えられます。

【図1】横浜市の年間崖崩れ発生の推移

近年の都市部での土砂災害の具体例などを教えてください。

【写真1】は、2019年10月25日に千葉市緑区誉田の丘陵地の住宅地で発生した崖崩れです。この崖崩れでは、斜面の下にあった住宅が倒壊し、2名の方が亡くなりました。

【写真1】2019年10月台風19号による千葉市での土砂災害
(写真 読売新聞/アフロ)

土木学会関係者による現地調査の報告では、台地上の雨水が住宅地内の道路を通じて斜面に流入した状況が見受けられたとのことです。災害が発生したのは午後1時過ぎでしたが、その直前に一時的に時間換算で70ミリという非常に激しい雨が降りました。このことから、道路の側溝などによる雨水の排水処理が追い付かない状況で雨水が斜面に流入し、崖崩れを誘発した可能性があります。

ちなみに、崖崩れが発生した場所は、当時土砂災害警戒区域に指定されておらず、周辺住民は土砂災害の危険性を認識していなかったようです。

【写真2】は、2021年8月14日に京都市内の清水寺に近い住宅街で発生した崖崩れです。午前10時過ぎに発生しましたが、不幸中の幸いで怪我人はありませんでした。

【写真2】2021年8月に発生した京都市茶わん坂の土砂災害
(写真 田中秀明/アフロ)

この箇所は丘陵地にひな壇状に形成された古い住宅街です。写真の右側に見えるように斜面には土砂の流出を防ぐために石垣が積まれていました。この石垣は、法律に準拠しない斜面対策 であり、土砂災害リスクがあったため、土砂災害警戒区域に指定されていました。この京都の例でも、土砂災害発生直前に一時的に時間換算で90ミリという猛烈な雨が降りました。このようなことから、斜面上の住宅地で排水しきれなかった雨水の斜面への流入が災害誘因の一つと考えられます。

"都市型斜面災害"とは何か?

これらの災害に共通している要因は何かあるのでしょうか?

まずは千葉の例ですが、以下の【図2】は千葉の崩壊前の斜面状況を模式図で示したものです。

【図2】千葉市の事例の災害前の斜面模式図

当該地周辺は1970年代の宅地開発から40年以上経過していると思われます。大雨が降るたびに、台地の縁辺部 (台地と低地が接する部分のこと。多くの場合崖になっている) では、雨水の一部が斜面に流入し、それが長年の間に繰り返し発生することで斜面上部 (法肩) 付近の地盤の緩みを助長していた可能性があります。

一方、図のとおり、崩壊した斜面の周辺には緑豊かな樹木が茂っていました。本来、樹木の根は地盤の緩みを防ぐ働きをするのですが、この場所は民有地であり、土地造成後は斜面の植生管理はほとんどなされていなかった可能性があります。このような場合、根による斜面の安定効果も発揮できません。

これらいくつかの要因が長年にわたって積み重なり、ボディブローのように作用して斜面が脆弱化し、大雨が契機となり崩れたものと想定されます。

以下の【図3】は京都の例を千葉と同じように模式図で示したものです。

【図3】京都市の事例の災害前の斜面模式図

災害前の当該現場をGoogleストリートビューなどで見ると、崩壊前の斜面は石垣 (空石積み擁壁) の上にさらに擁壁を積み上げていることが分かりました。これは増積み擁壁といい、空石積み擁壁とともに現行法 (宅地造成等規制法) では適用外とされている工法です。また、増積み擁壁が採用されている箇所は、国土交通省がこれまでの災害事例により要注意を促している、土砂災害リスクの高い「腹付け盛土」に分類されます。さらに、崩壊前の石垣をよく観察すると亀裂が見られることから、これが撮られたときには既に斜面が脆弱化していたことも考えられます。

そして、この京都の例も千葉の例と同じように、長年の雨水流入の繰り返しで、斜面の脆弱化が進行し、豪雨が引き金となって崩壊したと推察されます。

千葉と京都の事例に共通していることは、次のとおりです。

  • 時間雨量50ミリ以上の非常に激しい雨で発生
  • 丘陵地に形成された住宅街のうち台地際 (縁辺部) の斜面で崖崩れが発生
  • 台地縁辺部の斜面は大雨の際、道路や住宅地から斜面への雨水流入が起こりやすい
  • 斜面上・斜面内の適正な雨水排水や、斜面上の樹木や擁壁などの維持管理がなされていない可能性が高い

このような要因で引き起こされる土砂災害を「都市型斜面災害」と呼んでいます。

なぜ"都市型斜面災害"が増えているのか?

都市型斜面災害が増えた原因は何でしょうか?

2012年の中央高速道笹子トンネルの崩落事故が一つの契機となり、社会資本の老朽化や維持管理の問題がクローズアップされるようになりました。建設から50年以上を経たコンクリート構造物は気候等の外的要因により脆弱化していきます。これは何もコンクリート構造物だけではなく、土構造物や斜面も同じで、適切な維持管理をしないと劣化していきます。

例えば、高速道路や鉄道などでは、斜面や土構造物の雨水排水および植生の管理は、それぞれの事業者の責任において適切に行われています。しかしながら、例示したような住宅開発により形成された台地の端の斜面については、維持管理などの責任の所在が不明瞭なことが多く、一部、市町村など地方自治体が担っているケースもあるものの、多くの場合はほとんど管理されていないのが実情です。

結局、無管理なまま斜面を長年放置したことが原因となって、他のインフラと同様、老朽化・脆弱化が進行し、近年の豪雨によって徐々にその問題が顕在化し始めた、と考えられます。

豪雨の増加と斜面の老朽化が原因ということですね。ところで、時間雨量50ミリを超える雨が増えたことで、雨水の排水処理が追い付かなくなっている状況もあるようですが、雨水を排水する下水道などの施設は、50ミリ以下の想定で作られているのでしょうか。

雨水排水の設計基準に関する根拠法は昭和33年 (1958年) に改正された下水道法です。この法律では、都市開発をする地域での浸水被害を軽減するため、雨水を排水する役割を持つ下水道管などの施設の規模や構造に関する設計のあり方を定めています。この法律に基づき、全国の自治体で、下水道などの設計のための排水基準が時間雨量50ミリに設定・運用され、まちづくりが行われてきました。

この値は、下水管渠などの基本的な下水道施設設計の際、今でも全国で採用されているものです。つまり、今日でもまちづくりのための基本的な排水基準は、時間雨量50ミリです。

では、50ミリを超える雨に対してはどのように対策しているかというと、より流下能力の高い下水道幹線などを増築したり、雨水の地下浸透や一時貯留といった他の対策を組み合わせたりすることで、流出量のピークカットを図り、災害に備えるようにしています。

後編では、どのような地形で都市型斜面崩壊のリスクがあるのか、またどのような対策を取ればいいのかを解説します。

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