生活と経済に甚大な被害をもたらした関東大震災から100年
1923年に発生した関東大震災から2023年でちょうど100年が経ちます。
関東大震災を引き起こした「大正関東地震」のマグニチュードは推定7.9で、地震の揺れや津波、火災によって失われた住宅の棟数は約29万棟、死者数は約10万5,000人にも及びました。この結果、直接被害額 (被害を受けた施設および資産について、復旧に要する費用の総額) は、当時の国家予算の3倍以上、国民総生産 (GNP) の約35%にあたる約55億円に達しました。
名称 (地震名) |
関東大震災 (大正関東地震) |
阪神・淡路大震災 (兵庫県南部地震) |
東日本大震災 (東北地方太平洋沖地震) |
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発生日時 | 1923年9月1日 11時58分 | 1995年1月17日 5時46分 | 2011年3月11日 14時46分 |
震源 | 神奈川県西部 | 淡路島 | 三陸沖 |
マグニチュード | 7.9 | 7.3 | 9.0 |
直接被害額※1 | 約55億円 | 約9兆6,000億円 | 約16兆9,000億円 |
発災前年の国家予算※2 (一般会計) |
約15億円 | 約73兆円 | 約92兆円 |
発災前年のGDP※3 (関東大震災はGNP) |
約156億円 | 約511兆円 | 約506兆円 |
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関東大震災は、阪神・淡路大震災や東日本大震災と比べて、国家予算や国内総生産と比較した被害額の大きさからも、当時の社会や経済に大きなインパクトを与えたことが推察されます。
今、関東大震災と同じ地震が起きた場合の経済的影響は?
首都圏にこれほどに大きな被害をもたらした関東地震が、今起きたら日本経済にどれだけの影響が出るのでしょうか。
東京への一極集中と広域化されたサプライチェーンが経済被害を拡大
まず、大正時代と現代で大きく異なるのは、都市の規模です。
現代では、人やモノが東京や首都圏に極端に集中し、経済的な価値が密集した状態になっています。このような場所で大きな自然災害が発生すれば、その直接的な被害は甚大となり得ます。もちろん、建物やインフラ構造物などは、耐震化や不燃化が施されてきていますので、建物などの倒壊や焼失の「割合」は大正時代に比べて少なくなるとされていますが、それでも当時に比べて建物や人の数は桁違いに増えており、その被害はかなりの大規模になると考えられます。
もう1つは、経済や社会の構造の変化です。
現代では産業が高度に発展し、地域や国の境界を越えて物資の流通や分業を行う「サプライチェーン」が発達しています。1台の自動車を生産するのに、その部品は全国のさまざまなサプライヤーから調達し、組み立てられています。スーパーやコンビニに売られている食品や物資なども、さまざまな地域で生産され、サプライチェーンを通じて全国の店舗に配送されています。このようなサプライチェーンに依存した現代では、ある地域が自然災害によりダメージを受けると、その影響は多方面に広がるようになっています。
つまり、ひとたび大きな災害が発生すると、その影響は被災地での直接的な被害だけではなく、地域や国を超えて広がっていくので、被害の額はより大きくなります。
今回、応用地質株式会社の共創Labでは、主に経済被害に着目し、経済シミュレーションモデルを用いて関東大震災と同じ地震 (関東地震) が首都圏で発生した場合の、サプライチェーンによる影響の連鎖を含めた被害の大きさについてシミュレーションしてみました。
関東大震災再来を試算すると、民間企業の直接的な被害の額は東日本大震災の7倍以上に
まず、関東大震災が現代で発生した場合に、どのような産業で、どのくらいの被害になるかをシミュレーションしました。
地震の揺れや津波による建物や機械・設備の損壊などの直接的な被害の算定は、共創Labで新たに開発した「50mメッシュ別産業別民間企業資本ストックデータ」と、中央防災会議が公表している地震動分布や津波の浸水深分布を用い、被害を推定しています。
また、地震の揺れや津波の大きさと産業別の被害の大きさとの関係は、過去の地震の被害データを用いて震度と毀損率の関係に基づき設定しました。
こうした試算の結果、民間企業への被害額 (直接被害額あるいは資産等の被害) は約42兆円と推定されました。
この被害額は、阪神・淡路大震災や東日本大震災の被害の約7~8倍に相当します。
まさに想像を絶する被害と言うほかありませんが、このように甚大な被害が推定されるのは、産業の中心となっている東京都と神奈川県が大きな被害を受けると推定されるためです。
都県別の推定被害額を見ると、約42兆円の被害額のうちの9割以上を東京都 (約23兆円) と神奈川県 (約16兆円) が占めています。
多くの企業の本社や事業所、生産施設、流通の拠点、卸や小売りの店舗、営業所などが密集する首都圏は産業の中心地であり、巨大地震により被害を受ければ、被害額甚大なものになるのです。
名称 (地震名) |
関東大震災の再来 (本試算結果) |
阪神・淡路大震災 (兵庫県南部地震) |
東日本大震災 (東北地方太平洋沖地震) |
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民間企業のストック被害 | 約42兆円 | 約5.9兆円 | 約5.3兆円 |
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また産業別では、「その他サービス業」(約20兆円) が一番多く、次いで「商業」(約6.7兆円) となり、第三次産業の被害額が最も大きくなりました。第三次産業の被害額が最も大きくなったのは、今回の被害予測エリアで商業やサービス業が多く集積しているためです。
一方、第二次産業の製造業の被害額は約6.2兆円と推定されました。
農林水産業 | |
鉱業 | |
製造業 | 食料品 |
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繊維製品 | |
パルプ・紙・紙加工品 | |
化学、石油・石炭製品 | |
窯業・土石製品 | |
一次金属 | |
金属製品 | |
はん用・生産用・業務用機械 | |
電子部品・デバイス | |
電気機械 | |
情報・通信機器 | |
輸送用機械 | |
その他の製造業 | |
電気・ガス・廃棄物処理業 | |
建設業 | |
商業 | |
運輸・郵便業 | |
宿泊・飲食サービス業 | |
その他のサービス業 |
地域別に見ると、東京都よりも神奈川県のほうが製造業の被害が大きいこともわかりました。これは、東京よりも神奈川県で震度の大きい地域が多かったことや、京浜工業地帯に代表される製造拠点が東京都よりも多いからだと考えられます。
関東地震による経済被害は国内総生産 (GDP) にして約61兆5千億円もの損失をもたらす
工場やインフラといった建物等の被害は生産や消費といった日々の経済活動にも影響を与えます。これについても試算を行いました。
経済活動への影響については「応用一般均衡モデル」という経済シミュレーションモデルを用いました。応用一般均衡モデルは、貿易政策や地球温暖化政策などの経済分析などに用いられているツールですが、共創Labではこのツールを自然災害の経済被害の予測に用いています。
このツールを用いて日本経済への影響をシミュレーションした結果、国内総生産 (GDP) は発災から最初の1年間で、約61兆5千億円の減少となることがわかりました。平時の国内総生産 (GDP) を550兆円とすると、約11.2%の損失となります。
【図表4】は、関東地震が再来した場合の、地震発生から1年間で生じた各都道府県別の総生産の変化額を表しています。
【図表4】で示された減少額を見ると、経済被害は東京都と神奈川県に集中する一方、他の道府県でも減少が見られ、全国的にも経済的な影響が広まることが分かります。
関東地震の被害による経済への影響が全国に広がる2つの理由
なぜ、関東地震の被害が経済的な影響を全国に及ぼすのでしょうか? その理由には「首都圏の家計消費の落ち込み」と「サプライチェーンの寸断」の2つが挙げられます。
首都圏の家計消費の落ち込み
1つ目の理由が、首都圏で家計消費が落ち込むことです。
関東大震災が発生した大正時代とは異なり、現代では全国で生産された生鮮食品や工業製品は、流通の発達によって近所のスーパーマーケットやネット通販などで手軽に手に入るようになっています。
大消費地である首都圏が地震で大きな打撃を受けることによって、家計消費が大きく減少すると、これらの生鮮食品や工業製品の生産地である首都圏以外の地域でも経済的な損失を受けるのです。
サプライチェーンの寸断
2つ目は、サプライチェーンの寸断です。サプライチェーンとは、製品の原材料・部品の調達から販売に至るまでの一連のモノの流れ、つながりのことを指します。
首都圏が地震の被害を受けることで、首都圏にある企業の原材料生産が落ち込みます。その結果、首都圏から原材料を調達している地方などの企業の生産水準が落ちてしまうのです。
また、首都圏には、全国に事業所 (工場や支社など) を展開している企業の本社も多く存在しています。東京にある本社が被災することで、全国にある事業所での生産活動に影響を与えることも考えられます。
さらに、生産設備やインフラの復旧が遅れると、その分サプライチェーンの寸断も長引くことになるため、全国の企業に影響を及ぼし続けることになります。
このあと業種別に、サプライチェーンの寸断による生産への影響について見てみたいと思います。
サプライチェーンの寸断と生産が復旧する過程の関係
下記の【図表5】は、先に分類した製造業の分類のうち、東京都の「電子部品・デバイス」産業の回復過程をシミュレーションした結果です。
上記にある「初期被害」とは、工場などの生産設備の直接的な被害を意味し、「高次被害」とは、企業間の取引などサプライチェーンを介して他の企業にもたらされる被害のことです。
また、同じく図表中の設備復旧率とは、工場など生産設備の稼働能力のことを指します。「操業度」とは、これら生産設備の利用の度合いのことです。
被災した設備は、修理したり復旧させたりしていくため、設備復旧率は、時間の経過とともに上昇します。【図表5】を見ると、東京都内の電子部品・デバイス産業の地震直後の設備復旧率は約55%です。一方、操業度が約40%程度にとどまっているのは、サプライチェーンの寸断に伴う高次被害により、材料などの調達が落ち込んでいるためです。
つまり、設備がある程度復旧しても、取引先等が被災し、部品や原材料が調達できないと、操業度は設備の復旧率よりも下回ることを示しています。
サプライチェーンの寸断の影響が大きい業種と小さい業種の違い
また、業種によって、サプライチェーンの寸断の影響を受ける割合は異なります。例えばサービス業や商業などの業種は、設備と人員さえ確保できれば、必要最低限の操業が可能ですし、サプライチェーンの寸断の影響は限定的で済みます。
一方、自動車産業や航空機産業のように、全国的な分業体制がとられている業種は、他の地域からの部品調達が滞ると操業度が大きく低下するため、サプライチェーンの寸断の影響を大きく受けます。
初期被害を3分の1に抑えられれば国内総生産 (GDP) の損失額は実質2分の1に
共創Labでは、サプライチェーンでつながる企業が地震の被害を1/3だけ減らすことができる対策を事前に行っていた場合についても、同じく応用一般均衡モデルによってシミュレーションしてみました。
その結果、地震による全国の国内総生産 (GDP) の損失額は、実質約32兆2千億円となり、これは先ほど示した事前に何も対策をしなかった場合の損失額 (約61兆5千億円) の約半分になることがわかりました。
つまり、各社が3割程度の補強などの対策を行うことで、全国の損失の半分を減らすことができるのです。
【図表7】は、さきほどシミュレーションを行った東京都の「電子部品・デバイス」産業で、地震対策を行った場合の回復過程を改めてシミュレーションしてみたものです。この図表からわかるのは、対策を行った場合はそうでなかった場合と比べて、操業度の回復が3か月から4か月程度も早くなるということです。
これは、多くの取引先の企業も同様に対策を実施することで、サプライチェーン寸断による高次被害が縮小するためです。
現代の関東地震の減災にはサプライチェーン各社の対策の積み重ねが必要不可欠
これまでのシミュレーション結果から、今の時代に関東地震が発生した場合、多くの業種で直接的な被害が生じるだけではなく、複雑に発達したサプライチェーンが寸断することにより、間接的な被害も連鎖的に広がり、影響も長期化することが見えてきました。
これらの被害を100%防ぐために、すべての企業が設備の耐震化などの対策を行うことができれば理想ですが、実際には時間やコストの問題から困難であると想像されます。しかし、各社の対策が100%に満たなくても、サプライチェーンでつながる多くの企業の対策が進むことで、災害による経済への影響を大きく減らすことにつながることは間違いありません。