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コラム

気候変動に対応した水害対策「流域治水」と「粘り強い堤防」

2022.07.21

豪雨の頻度や規模が増加し、河川の水が堤防を越えて道路や家屋が浸水する被害が毎年のように発生しています。従来の防災対策では対応が追い付かなくなりつつ今、国ではどのような取組みが行われているのか、水害対策の最前線についてレポートします。

増え続ける水害被害の額

気候変動等の影響により、豪雨、台風などの水害が多発化、激甚化しています。

気象庁のデータによると、全国の1時間降水量50mm以上の年間発生回数は年々増加傾向にあり、最近10年間(2012~2021年)の平均年間発生回数は、統計期間の最初の10年間(1976~1985年)の平均年間発生回数と比べて約1.4倍も増加しているそうです。

【図1】全国の1時間降水量50mm以上の年間発生回数

気象庁データより当社作成

また、豪雨の発生回数の上昇に伴い、水害の被害額も年々増加しています。最近では、河川の堤防が決壊し、大量の河川水が住宅街などに溢れる映像を報道などで目にする機会も多くなりましたね。

国土交通省の公表資料によると、津波以外の水害による年間被害額は、なんと、令和元年では統計以来最大の2兆1,800億円にまで達したとのことです。

【図2】過去10年間の津波以外の水害被害額の推移

国土交通省水害統計調査より当社作成

気候変動に対応した水害対策「流域治水」

このような甚大な水害被害や、今後の気候変動の影響や社会変化を踏まえ、国は、新たな水害への対策・取組みとして、「流域治水」を推進しています。

では流域治水とは、どのような水害対策なのでしょうか?

従来の水害対策は 、主に河川や下水道、砂防、海岸など、行政(治水管理者)によるダムや堤防の整備など、ハード対策が主体でした。また、その対策地域も、河川区域や氾濫域などを中心に行われてきました。

ところが、近年のように、これまで経験したことがない広域的かつ長時間に及ぶ集中豪雨が降るようになると、従来の方法では対策が追い付かなくなる恐れが出てきました。これまでは市街地を洪水から守ってきた堤防をあっさりと河川の水が越えて、時には堤防そのものを破壊して、大きな水害をもたらすことが頻繁に起こるようになってきたのです。

このため、これまでの水害対策を大きく見直す必要が生じました。

そこで国では、これまでの対策を更に強化する一方、対策エリアを従来の河川区域や氾濫域だけでなく、集水域 を含めた流域全体に広げ、また河川管理者(国・都道府県・市町村)のみならず、企業・住民など流域全体のあらゆる関係者が協働した上で、ハード・ソフト一体となって取組みを進める「流域治水」を取り入れることにしたのです。

流域治水のイメージ

国土交通省 水管理・国土保全局 「流域治水」の基本的な考え方 P9より

具体的には、

  1. 堤防整備など氾濫を防ぐ・減らすためのハード対策をさらに加速化させた上で、
  2. 浸水予測エリアにおける建物の移転など被害対象を減らす対策や、
  3. 被害の軽減・早期復旧のための対策などを加え、

流域全体で総合的かつ多層的な水災害対策を行っていく、というものです。

流域全体で行う総合的かつ多層的な水災害対策

国土交通省 水管理・国土保全局 「流域治水」の基本的な考え方 P11より当社作成

国では現在、この流域治水の取組みを加速させるため、令和元年東日本台風で被災した7つの水系で「緊急治水対策プロジェクト」を推進するとともに、全国の1級水系で上記の「流域治水プロジェクト」を展開しています。

また、気候変動で激甚化する洪水・内水氾濫による被害を回避していくため、河川整備基本方針や河川整備計画の見直しにも着手しています。

堤防は壊れることがある。その要因の多くは「越水」

さて、流域治水を進めていく上で、まず加速させていく必要があるのが、氾濫を直接的に防ぎ、住民の被災を減らすためのハード対策です。前述したように、近年は河川堤防の決壊が相次ぎ、甚大な被害をもたらすことが多くなっているため、河川堤防の整備や強化は喫緊の課題です。

河川堤防とは、人家のある地域に河川が浸入しないように、河岸に沿って土砂を盛り上げた治水構造物のことです。河川を管理する国や自治体は、洪水などの災害の防止あるいは被害を軽減するため、これまでも堤防の強化や嵩上げ、河川の拡幅(引堤)などの対策を常に行ってきましたが、それでも堤防は壊れることがあります。

堤防はどうして壊れてしまうのでしょうか?

その壊れるメカニズムは、大きく以下の4つのパターンがあります。

【図3】堤防の破壊メカニズムの4パターン

1. 越水(越流)破壊河川水が堤防を越えて、市街地側斜面(裏法)を削っていくことで崩壊が進行
2. パイピング破壊堤防の下の地盤にパイプ状の水みちができ、広がることで堤防が沈下し、崩壊しやすくなる
3. 浸透破壊河川水が堤防内に浸み込み、堤防の斜面が破壊
4. 浸食・洗堀破壊河川水が徐々に堤防を侵食・洗堀し、堤防を破壊

この中でも、【1. 越水(越流)】による被害が最も多いとされています。【表1】は、近年の堤防決壊を伴う大規模な河川災害の例とその要因の一覧です。これを見ても、越水による決壊の事例が多いのがわかると思います。

【表1】近年の破堤(決壊)を伴う大規模な河川災害の例とその要因

2004年10月 平成16年台風第23号 円山川 豊岡市 越水破堤
2004年10月 平成16年台風第23号 出石川 出石町 越水破堤
2012年7月 平成24年7月九州北部豪雨 矢部川 みやま市 パイピング破堤
2015年9月 平成27年9月関東・東北豪雨 鬼怒川 常総市 越水破堤
2015年9月 平成27年9月関東・東北豪雨 渋井川 大崎市 堤体漏水
2018年7月 平成30年7月豪雨小田川 倉敷市 越水破堤
2019年10月 令和元年東日本台風 吉田川 大郷町 越水破堤
2019年10月 令和元年東日本台風 千曲川 長野市 越水破堤
2020年7月 令和2年7月豪雨 球磨川 人吉市 越水破堤

越水破壊とは、増水した河川の水が堤防の高さを越えてあふれ出し、堤防の裏側の斜面(裏法)を削ることで、堤防を決壊(破堤)させる現象です。

堤防が決壊すれば、河川の水は一気に街中へ流入し、住民が避難する間もなく道路や家屋などを飲み込んでしまいます。このため、洪水被害を減らすハード対策の中でも、越水に対応した堤防の強化が特に急がれています。

越水に対する「粘り強い堤防」

令和元年台風第19号による洪水では、全国で142箇所の堤防決壊が発生し、うち85%以上となる122箇所で「越水」が原因と推定されました。

その一方、越水はしたものの、決壊しなかった堤防も多く存在していることもわかってきました。

国の資料によると、上記の令和元年台風第19号による洪水では、国が管理する河川で越水した72箇所のうち58箇所、県管理河川で越水した236箇所のうち128箇所は決壊しなかったことが報告されています。このような堤防では、仮に越水しても、ただちに堤防が決壊することはなく大量の水が街に流入するのを防いでくれるため、住民が避難するための時間を稼ぐことができると言えます。

そこで国では、堤防の決壊をできるだけ防ぐ対策の1つとして、越水によっても堤防を壊れにくくし、周辺住民の十分な避難時間を稼ぐことができる「粘り強い堤防」の整備を検討しています。

ただし、技術的にはまだ検証すべき課題が数多く残されており、また、長大な河川堤防に対し、越水によって削られる住宅側(川裏)の法面をすべてコンクリートなどで固めるのはコストがかかり過ぎるという問題点もあります。このため、現在は、流域治水の取組みを着実に推進しつつ、粘り強い堤防については、資材や工法、どのような場所に適用するかなどについて、議論が行われているところです。

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