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インタビュー

昔の地形図や空中写真から読み取る?"地質リスク"とそのマネジメント

2021.08.03

道路の大規模な陥没など、地下掘削工事に伴うセンセーショナルな事故の報道を受け、「地質・地盤リスク」という言葉が注目を集めています。地質・地盤リスクとは何なのか、またこのリスクを事前に調べる方法にはどのようなものがあるのか、実際に地質・地盤リスクマネジメントを業務の中で手がけている社会インフラ事業部 (現:防災・インフラ事業部) の本間宏樹氏にお話を伺いました。

地質・地盤リスクとは?

最初に、「地質・地盤リスク」とはどのようなものか、教えてください。

まず、地質や地盤は、そこに人が存在し、土地の改変をしたりしない限り、リスクが生まれることはありません。

地質・地盤リスクとは、何らかの目的で掘削工事などの土地改変を行う場合で、地質・地盤の不確実性に起因して工事や周辺環境などへ影響を及ぼすことをいいます。例えば、ある軟弱な地盤があったとします。その軟弱な地盤の存在を想定できずに何らかの工事をした場合に、地盤沈下が発生したとします。地面の下は基本的には目には見えません。また事前に地質調査をしたとしても、地質や地盤は必ずしも均質に広がっているとは限りませんので、限られた数の地質調査をしても、どうしても不確実性というものがつきまといます。このような地質・地盤に関わる不確実性が要因となって、建設工事ではしばしば施工事故や工期の遅れ、工事費の増大などが発生します。

地質の専門家の皆さんは、このような地質・地盤リスクを想定するために、普段どのようなことをされるのでしょうか?

仕事を受注した後、まず初めにやることは、実際に現地を踏査して地質構造を想定したり、机上調査として、事前に古い地形図や空中写真などを調べたり、といったことです。その後、現地での詳細な地質調査等を行います。

古い地形図や空中写真から、何がわかるのですか?

古い地形図を見て人間の活動による地形の改変を見たり、災害などが発生した前後の地形の比較をしたりしています。また、古い航空写真を見て斜面崩壊や地すべり、土石流といった自然災害の痕跡を確認したりしています。ある場所で道路を建設するプロジェクトがあったとして、その付近で過去に斜面崩壊が起こった形跡があり、道路建設予定地の中にもその場所と同じような地形があった場合、ここでも斜面崩壊が起こるのではないか?そういった潜在的な地質・地盤リスクを推定する一つの材料になるのです。

人間の活動による地形の改変を見るのはなぜでしょうか?

例えば、今、宅地になっていても、元々は谷だった場所に土を盛って造成しているような場合があります。谷を埋めた盛土は、大きな地震や大雨が降った場合に、谷に沿って土砂が崩落するなどの災害が起こることがあります。このような災害のリスクを想定するため行っています。

豪雨災害の増加に伴い、過去に宅地開発のために丘陵地や谷が造成された土地などで土砂崩壊が起こる都市型斜面災害が頻発化している。

どのような仕事の前にそのような調査を行うのですか?

地質調査を行う場合には、私の部署では基本的にはどんな仕事でも行っています。私の場合で言えば、道路トンネルの建設事業や切土・盛土工事、橋梁を造るなどの事業に関わる地質調査の仕事が多いですね。先に言ったような地形図や空中写真を用いた机上の調査は、現地調査に入る前に基本的な条件を探る上で必要なルーティンとして捉えています。一見地味な作業ですが、実は非常に重要なプロセスなのです。

リスクの存在がわかったら次は何をするのですか?

そこで事業を進めるとどのようなことが起こりそうかを推定し、推定したリスク情報を事業者と共有して、リスクを確認するための更なる調査の必要性や、対策工の種類や方法などについて提案・協議します。

河道の変化の多さに驚き

昔の地形図や空中写真はどこで手に入れるのですか?

国土地理院のWebサイトで閲覧することができますし、購入も可能です。誰でも手に入れることができます。閲覧は無料ですが、詳細な判読が必要な場合や商用の際は購入が必要です。

どれくらい昔まで遡って調査するのでしょうか?

空中写真は、古いものでは1960年くらいに米軍が撮影した日本全国の大部分を網羅するものがあり、この資料を利用する機会は多いですね。また、私が生まれた1976年前後に、カラーの空中写真が日本全国を網羅するようにたくさん撮られていて、こちらも使用頻度は高くなっています。

その作業を行っていて、これまでに何か驚いたようなことはありますか?

大きな河川の河道が年月とともに大きく変わっていて、驚いたことはあります。例えば、北海道の石狩川は、昔は、今と違ってすごく蛇行していたのですが、時代とともに河道が整備されていきました。かつて水が流れていた場所には三日月湖が残り、それも後に消えていきます。埋め立てられていったんですね。このような経緯もあり、石狩平野では軟弱地盤が多くなっています。

事前の地質リスク推定の際に、何か目を付けるポイントはありますか?

例えばプロジェクトの場所が港湾エリアであれば、埋め立て前の地形を見ます。大抵、10年おきぐらいに写真があるので、どのような開発経緯を辿ってきたかがわかります。ダムであれば、湛水(ダムに水を溜めること)前の元の地形の状況を見ます。湛水するとダムの周囲の山で地すべりが起こります。その地すべりで、ダムの水面の下の地形はどうなっているか推定することもあります。

空中写真で見るお台場の今と昔

出典:国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」

地質の"リスクマネジメント"という考え方

インフラ構造物や建物を建設する際には、事前に地盤調査をして、地盤の強さ等をチェックしていると思うのですが、それで十分ではないのでしょうか?

地質・地盤は自然に形成されたものであり、分布や性質が不均質なため、地盤調査だけで全ての状況を正確に把握することはできません。また、そこで行われる事業においては関係する人たちの問題意識や認識のずれなど人為的なリスクがつきものです。こうした自然的要因と人為的要因が建設の際のリスク要因になっています。

これらを踏まえると、事業を進めるにあたっては計画、設計、施工から維持管理にいたる各段階で質の高いリスク評価とリスクへの対応が重要です。そして、そのための適切な体制の構築と、全ての関係者の間での連携がとれた地質・地盤リスクマネジメントが必要になります。どれだけ十分な地質調査をしても不確実性をゼロにすることはできません。このため、地質・地盤リスクを低減させるためのこうした取り組みが行われるようになっているのです。昨年3月には、その基本的な考え方や、導入、運用の方法などについて取りまとめられたガイドラインも国から出されています。

※『土木事業における地質・地盤リスクマネジメントのガイドライン」国土交通省・国立研究開発法人土木研究所・土木事業における地質・地盤リスクマネジメント検討委員会

そうした地質・地盤リスクマネジメントに資するような応用地質ならではの技術にはどのようなものがありますか?

地盤の3次元化技術というものがあります。地質構造を3次元で測定・解析し、立体的なイメージで可視化する技術です。可視化された地質構造のイメージの中にインフラ構造物などを配置して、何らかの問題が起こる可能性がないか、関係者間でリスク情報を共有するものですが、この技術において他社の一歩先を行っていると思います。人為的なリスク要因となる関係者間の問題意識のずれをなくすための重要なツールとしての役割を担っています。

3次元物理探査技術による地盤内部の3次元可視化例
3次元地盤解析システムによる地盤の3次元化モデル例

地質・地盤リスクマネジメントのこれから

近年は地下鉄などの工事に伴う陥没事故やマンションが傾斜した事故などの報道もあり、地質・地盤リスクへの社会的関心が高まっているようです。地質技術者として実感することはありますか?

博多駅前陥没事故などの報道を見ていると、昔に比べてだいぶ掘り下げて報道されることが多くなったと感じています。そして発生までの経緯が明らかになるにつれ、リスクマネジメントが機能していればという思いにも駆られます。地質・地盤リスクマネジメントがどうあるべきかが社会から問われている、期待が大きいと感じているところです。

地質・地盤リスクマネジメントの今後の展望について教えてください。

今後は様々な事業に対して地質・地盤リスクマネジメントの概念が適用されていくことになると思います。また、世界の建設市場では今、3次元モデルを活用して建設生産プロセスの効率化を図るBIM(Building Information Modeling)が急速に普及しており、今後、日本国内でも標準化されていく流れになっています。このような流れの中で、地質・地盤リスクマネジメントと応用地質の地盤3次元化技術は、今後ますます需要が高まると考えています。

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