自然災害を測り・計り・量る (2) 事前対策の実施が復旧過程に与えた効果の計測

はじめに
前回は、災害からの復旧過程 (発災からの経過日数と操業能力の関係) を示す「リカバリーカーブ (復旧曲線)」についてご紹介しました。
自然災害を測り・計り・量る (1) 産業部門のリカバリーカーブ:復旧プロセスの定量評価
2011年の東日本大震災以降、防災意識の高まりから産業部門においても様々な地震対策の取り組みがなされています。これらの地震対策の減災効果を実際に発生した地震の被害データから定量的に計測・評価することができれば、地震対策の投資効果がより明確となり、レジリエントな地域社会の形成・経済の構築に大きく貢献できるのではないでしょうか。
今回は、2022年3月に発生した福島県沖の地震において、地震対策の実施が被災事業所の操業能力の復旧過程に与えた効果を計測した事例をご紹介します。

事前対策によって、地震発生により低下した操業能力の回復がどの程度早期化されるかを対策効果として計測する。
対策効果を計測する際の問題
地震後の調査で得られた被害データを使って対策効果を定量的に計測する場合、対策を実施していた事業所群 (以降「対策済群」と呼びます) と対策を実施していない事業所群 (以降「未対策群」と呼びます) の復旧過程を比較し、その差を対策効果とする方法が考えられます。
ただし、単純に対策済群と未対策済群の復旧過程を比較すると、誤った対策効果が得られる可能性があります。例えば、「対策済群」の事業所と比較して「未対策群」の事業所にライフライン復旧期間の長い事業所が多く含まれていた場合、ライフライン復旧期間が長期化すると操業能力の回復期間も長期化する傾向があるため、対策効果が過大に評価される可能性があります。
このような事態を防ぐためには、比較対象とする「対策済群」と「未対策群」のデータにおいて、復旧過程に影響を及ぼすような要因 (共変量) を揃えた上で、比較する必要があります。共変量を揃える方法には、様々な方法があります。今回は2022年3月に発生した福島県沖の地震で被災した事業所を対象に、傾向スコア・マッチングという方法を利用して共変量を揃えたデータセットを作成した上で、地震対策の実施が操業能力の復旧過程に与えた効果を計測した研究をご紹介します。
対策済群と未対策群のデータを比較する場合、左図のように業種の構成割合やライフライン復旧日数など、共変量 (復旧過程に影響を及ぼすような要因の変量) が偏っていると正しい (確からしい) 対策効果の評価はできません。このため、対策効果の比較に用いる2群のデータは可能な限り共変量を揃えておく必要があります。
事前対策が復旧過程に与えた効果の計測事例
2022年3月に発生した福島県沖の地震の概要
2022年3月に発生した福島県沖の地震は、3月16日23時36分頃に発生したマグニチュード7.4の地震です。宮城県登米市、蔵王町、福島県相馬市、南相馬市、国見町で震度6強を観測しました。【図3】に推定した震度分布図を示します。この地震により、住家全壊224棟、半壊4,630棟、一部損壊52,388棟が発生したほか、東北・関東地方を中心に大規模な停電が発生し東京電力管内だけでも200万軒以上の停電が発生しました。

計測対象とした地震対策
事業所が実施する地震対策には様々な対策がありますが、ここでは操業能力の復旧過程に影響を与える対策として、「BCP・災害対応マニュアル策定」と「非常用電源設置・燃料の確保」の2つの対策を対象としました。
計測結果
【図4】は「BCP・災害対応マニュアル」を策定した事業所群と未策定の事業所群における操業能力のリカバリーカーブ (ここでは、発災からの経過日数と操業能力が100%に復旧する確率の関係) を比較した結果です。(被災前の操業能力を100%としています) リカバリーカーブの作成には、傾向スコア・マッチングにより復旧過程に影響を及ぼすような要因 (共変量) を揃えたデータセットを使用しています。
復旧に要する時間は、被災直後の操業能力 (初期操業能力) の低下度合にも依存します。【図4】は初期操業能力が0%以上25%未満の場合 (ケース1)、初期操業能力が25%以上50%未満の場合 (ケース2)、の2つのケースについて、それぞれ操業能力が100%に復旧する確率を示しています。

発災からの経過日数と操業能力が100%に復旧する確率の関係を示します。(被災前の操業能力を100%とします) ケース1は被災直後の初期操業能力が0%以上25%未満の場合、ケース2は初期操業能力が25%以上50%未満の場合を示します。ケース2では対策を実施したことにより、図中の黒矢印のように復旧が早期化していることがわかります。
対策済と未対策のリカバリーカーブを比較した結果、対策の実施により復旧日数の期待値はケース1で26.1日から25.8日に約1%減少、ケース2では23.7日から20.9日に約12%減少する結果となりました。
「BCP・災害対応マニュアル策定」は被災前に予め対策・対応等の方針を策定するものです。復旧時における人材の確保や資機材の準備等を事前に定めておくことで復旧活動が効率的に行われた効果が発現したものと推測されます。
また、今回紹介した対策の効果は「BCP・災害対応マニュアル」に実効性を持たないものも含めた平均的な対策効果である点に注意する必要があります。【図4】に示したように、ケース1では対策による復旧日数の期待値の減少割合は1%に過ぎませんでした。これは被害が深刻な状況における「BCP・災害対応マニュアルの策定」の対策効果が低いということではなく、現状として被害が深刻な状況下でも実効性のある災害対応マニュアルやBCPが策定されている事業所の割合が低いことを示唆していると思われます。災害対応マニュアルやBCPの策定そのものも重要ですが、内容の改訂等も含めた実効性の向上を図ることが非常に重要であることが本結果からも改めて確認されたものと考えています。

発災からの経過日数と操業能力が100%に復旧する確率の関係を示します。(被災前の操業能力を100%とします) ケース1は被災直後の初期操業能力が0%以上25%未満の場合、ケース2は初期操業能力が25%以上50%未満の場合を示します。ケース1、ケース2ともに対策を実施したことにより、図中の黒矢印のように復旧が早期化していることがわかります。
【図5】は「非常用電源設置・燃料の確保」対策を実施した事業所群と未実施の事業所群における操業能力のリカバリーカーブを比較した結果です。
その結果、対策の実施により復旧日数の期待値はケース1 (初期操業能力が0%以上25%未満の場合) で26.4日から19.1日に約28%減少、ケース2 (初期操業能力が25%以上50%未満の場合) では26.8日から15.8日に約41%減少する結果となりました。
「非常用電源設置・燃料の確保」対策は「BCP・災害対応マニュアル策定」対策と比較すると全般的に対策実施の効果が大きい結果となっています。「非常用電源設置・燃料の確保」対策は停電や燃料不足になった場合の代替電源・燃料を確保する対策で、マニュアルや計画 (手順) を策定する「BCP・災害対応マニュアル策定」と比較して効果が分かりやすいことも、大きな対策効果が計測された要因と考えられます。
まとめ
今回は地震対策が復旧過程の早期化に与えた効果を実際の地震被害のデータから計測した事例を紹介しました。今回示した考え方を利用すれば、地域の事業所群が対策を実施した場合の経済的レジリエンスの向上度合を示すことができます。地域の事業所群への防災投資効果を定量的に評価することが可能となれば、効果的な地震対策や防災投資の在り方を考える有益な材料になると考えられます。
我が国には既に少子高齢化・人口減少社会が到来しています。そのため、様々なリソースが不足する状況で自然災害に対するレジリエンスの向上を図る必要があります。このような状況において、効果的な防災投資は何か、どの程度の水準まで地震対策の実施率を向上させる必要があるのか、将来の発生が懸念される南海トラフの地震や都市の直下型地震などへの対策を考える場合の基礎的なツールになり得ると考えています。
- 参考文献
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- 消防庁応急対策室 (2023):福島県沖を震源とする地震による被害及び消防機関等の対応状況 (第24報)
- 清水 智・山崎 雅人・井出 修・劉 歓・梶谷 義雄・多々納 裕一 (2024):地震対策が企業の操業能力の復旧過程に与えた影響の検討 ―2022年福島県沖地震を例に―,土木学会論文集,第80巻,第13号