自然災害を測り・計り・量る (1) 産業部門のリカバリーカーブ:復旧プロセスの定量評価

はじめに
本コラムでは「自然災害が企業の事業活動に与える影響を計測する」というテーマで2回にわたり、災害からの復旧プロセス、事前対策の効果の計測事例に関してご紹介したいと思います。
ひとたび巨大な自然災害が発生すると、企業の事業活動に大きな影響を与えます。被害を受け事業活動が中断してしまった企業は、復旧活動により可能な限り早く被災前の操業能力に戻るよう努力します。この発災からの経過日数と操業能力の関係をモデル化したものに「リカバリーカーブ (復旧曲線)」があります。今回はこのリカバリーカーブについてご紹介したいと思います。
リカバリーカーブ (復旧曲線、Recovery Curve) とは

この図は、被災地域に所在する企業群の操業能力の復旧状況を被害データからモデル化したものです。被災により発災前の50%まで低下した操業能力が、復旧活動により徐々に回復する状況を示しています。発災からX日後における操業能力を知ることができます。
リカバリーカーブとは【図1】に示すような発災からの経過日数 (または時間) と操業能力の関係を示すものです。
自然災害による被害の影響を計る場合、このリカバリーカーブは非常に重要なツールとなります。もし、今後想定される自然災害について、リカバリーカーブがモデル化されていれば、被災地に所在する企業の経済被害 (フローの被害) が想定され、事業活動への影響や地域経済への影響、サプライチェーンを通じた被災地外への影響の可視化や、自然災害に対する事前対策等の検討が可能となります。
また、被災地に所在する企業の事業中断リスクが明らかとなるため、企業の災害リスクマネジメントに有用な情報であるだけでなく、事業中断リスクを扱う保険商品の設計への適用も考えられます。
以上のように、リカバリーカーブのモデル化は、災害に対する経済的レジリエンスを高めていくための重要な役割を担っています。
リカバリーカーブをモデル化しようとした場合、大きく2つのアプローチがあります。
- エキスパート・オピニオンによるモデル
- 実被害データから構築されたモデル
一般に自然災害の発生頻度は事故等と比較して小さいため、災害による実被害データはあまり多く得られていません。さらに、産業分布の地域性 (例:愛知県では自動車関連産業が多いなど) や、新たな形態の産業の発生等も考えられるため、専門家の見解を集約してモデルを作成する上記1の方法はモデル化の有力な方法の1つです。ただし、実被害に基づいたモデルではないため、実態との乖離も想定されます。そこで、近年、上記2の実被害データに基づくリカバリーカーブのモデル化の研究が進んでいます。もちろん、実被害データにも誤差は含まれているものの、上記2の研究が進展し、1、2の手法を併用することで、リカバリーカーブのモデルや事業中断リスクの推定精度向上が見込まれます。
リカバリーカーブの研究事例
2011年東日本大震災以降、産業部門の実被害データを元に推定された研究が進んでおり、被災企業に対するアンケート調査データからハザード関数やセミ・マルコフ過程などを利用した災害発生後の操業能力のリカバリーカーブがモデル化されています。なお、「操業能力」とは、生産、販売遂行能力等を指しており、停電、断水等のライフライン寸断の影響を考慮していない数値のことです。
これらの研究の進展に伴い、ライフラインの復旧の速さが操業能力のリカバリーの速さにも影響していることが分かってきました。これは、ライフラインの復旧によって操業度が向上するのではなく、操業能力の復旧そのものにライフラインが重要であり、ライフライン復旧の早期化が図れると操業能力のリカバリーも早くなるということです。
実際に、2022年3月に発生した福島県沖の地震における被災企業のデータから作成したリカバリーカーブ【図2】では、ライフラインの復旧日数が半分に短縮されると操業能力の復旧期間の期待値も約87%に短縮され、ライフラインの復旧日数が2倍かかってしまうと操業能力の復旧期間の期待値が1.2倍に延びる結果が得られています。

この図は、2022年福島県沖の地震の被災企業のデータから作成した復旧確率に関するリカバリーカーブです。ライフラインの復旧期間が変化するとリカバリーカーブも変化しているのがわかります。この図は被災により操業能力がゼロとなった企業 (操業停止した企業) がX日経過後に被災前の操業能力まで復旧する確率を示しています。
まとめ
電気、水道といったライフラインの早期復旧を図ることは、停電・断水等で停止していた設備を稼働させ操業度を回復させる効果だけでなく、毀損した設備等による操業能力そのものの復旧を速める効果があります。このことは、改めてライフラインが地域の社会・経済活動の維持・発展に非常に重要な社会基盤施設であることを我々に認識させます。地震災害に備えるためのライフライン施設の耐震化事業には、電気・水道等を早期に供給し、被災地域の資本を素早く稼働させる効果だけでなく、本コラムで示したような毀損した設備復旧の早期化を促す効果もあることは忘れてはならない大切な効果です。
2024年能登半島地震では交通インフラやライフラインが寸断され、被災地の復旧活動の動きは遅い印象があります。南海トラフの巨大地震、首都直下地震などの自然災害への備えを考えた場合、災害発生時におけるライフライン施設に代表される公共インフラの役割・重要性を改めて見直すことも必要かもしれません。
- 参考文献
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- 清水 智・山崎 雅人・井出 修・劉 歓・梶谷 義雄・多々納 裕一 (2023):ライフラインの復旧期間を考慮した地震後の操業能力に関するリカバリーカーブ ―2022年福島県沖の地震を例に―,土木計画学研究・講演集(CD-ROM),67.