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共創Lab 主席研究員 山﨑 雅人
2023.08.31

自然災害の経済被害に備える (3) 関東大震災再来の経済被害額

はじめに

自然災害の経済被害に備える (2) 直接被害額と間接被害額では、災害の経済被害額は直接被害額か間接被害額のいずれかに分類され、両者をそれぞれストックの被害額とフローの被害額として捉える必要があると説明しました。今回は共創Labで独自に試算した経済被害額の事例を紹介します。

共創Labでは、関東大震災発生から100年を前に、今、この日本で関東大震災に相当する地震が再発した場合の経済被害額を推計し、ワーキングペーパー※1として2022年に公表しました。

今回はそのワーキングペーパーから関東大震災再来の間接被害額の予測について概要を紹介します。

直接被害額については民間企業資本ストックについて推計しており、ワーキングペーパーで紹介しておりますのでそちらを参照してください。

予測の方法

災害の間接被害額の予測は決して容易ではなく、現在でも予測手法の改善に関する研究を続けています。共創Labでは、間接被害額を予測するにあたり、応用一般均衡モデルと呼ばれる経済シミュレーションモデルを利用しています。

応用一般均衡モデルは、貿易政策や環境政策等の経済評価で利用されることが多いモデルですが、共創Labでは自然災害の間接被害額の予測に適用できる様に研究を進めているところです。

応用一般均衡モデルは、生産者や消費者の合理的な行動原理と産業間・地域間のサプライチェーンを明示的に考慮しており、自然災害の間接被害額を予測する上で有益なモデルであると私たちは考えています。

間接被害額を推計する手順は以下の通りです。

まず各地の地震動の強さ (震度等) といったハザードを想定する必要があります。その上で各地のハザードに応じ、そこに立地する工場等の民間企業資本ストックの毀損率を推計します。推計の詳細はワーキングペーパーを参照していただくとし、想定する地震ハザードと推計された民間企業資本ストックの毀損率の地理的な分布をそれぞれ【図1】【図2】として示します。

【図2】で示した民間企業資本ストックの毀損率を都道府県・業種単位で集計し、応用一般均衡モデルに入力します。すると地震発生後の都道府県・業種別での生産水準等が出力され、そこから間接被害額を計算する手順となります。

【図1】想定される地震ハザード
【図2】民間企業資本ストックの市区町村別毀損率

間接被害額のシミュレーション結果

では、関東大震災が再来した場合、間接被害額はいくらになるのでしょうか。

【図3】関東地震が再来した場合の域内総生産 (GRP) 変化額の分布

【図3】は地震発生から1年間で生じた各都道府県の域内総生産 (GRP) の変化額 (単位10億円) です。これを全国で合計すると国内総生産 (GDP) の変化額となりますが、計算すると最初の1年間で約61兆5千億円の減少となりました。平時の年間実質GDPを550兆円とすると約11.2%の損失です。

注目すべきは、GRPの落ち込みは東京都と神奈川県に集中するものの、他の道府県でも生じていることです。ここに間接被害の特徴があります。

つまり地域間の経済的つながりを通して、建物等の被害が無い地域へも間接被害は波及するということです。

首都圏で大地震が発生すれば、首都圏の企業による原材料の調達や家計消費は落ち込む事が予想されます。すると首都圏へ生産物を出荷していた他地域の生産者は需要の減少に直面します。同時に首都圏の企業は生産能力が低下しており、他地域へ原材料を出荷することも困難となります。他地域では首都圏から原材料を調達できないため生産を抑制せざるを得ません。これらの要因により他の道府県でもGRPが減少するのです。

地域の業種レベルで捉えた影響

応用一般均衡モデルを用いたシミュレーション分析では、GDPやGRPといったマクロ経済指標だけでなく、業種単位の生産水準も都道府県単位で予測できます。

【図4】東京都内の電子部品・デバイス産業の復旧過程

【図4】は東京都の「電子部品・デバイス」産業の被災と回復過程をシミュレーションしたものです。

「設備復旧率」とは生産設備の稼働能力を指しています。設備復旧率は地震動により大きく落ち込みますが時間の経過とともに上昇していきます。ただし設備が復旧しても、部品や原材料が調達できない、あるいは生産物への需要が足りないといった要因で実際の操業度は設備復旧率を下回る場合があります。

地震直後の同産業の設備復旧率は約55%です。ただしサプライチェーン寸断などの要因により、操業度は約40%程度にとどまります。被災地の関連業種の設備復旧が進むと、サプライチェーン寸断が徐々に解消され、操業度が設備復旧率に追いついていく結果となっています。

おわりに

災害の経済被害の内、間接被害の大きな特徴は、地域間・産業間の経済的つながりによって、直接被害が発生しない地域へ波及することです。広域に渡り構築されたサプライチェーンネットワークは、生産活動の効率性と消費者の満足を高めた一方で、災害時には間接被害が広域に伝播する脆さがあります。

最後に間接被害額を低減させる方策について述べたいと思います。

詳細はワーキングペーパーに示しておりますが、ポイントは被災した企業が速やかに生産を再開させることができれば間接被害額は全国レベルで大きく減るということです。これを実現するためには、個社レベルでの耐震対策が重要となってきます。

東日本大震災を対象とした研究※2では、初期の被害を抑えることができれば迅速に生産を再開できることが分かっています。

耐震化対策は自社の利益を守ると同時に取引先の利益を守ることにつながります。1社でも多くの企業が速やかな生産再開のために対策をとることで、大災害が発生しても間接被害額を抑えられると考えます。