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共創Lab 主席研究員 山﨑 雅人
2023.08.31

自然災害の経済被害に備える (2) 直接被害額と間接被害額

はじめに

自然災害の経済被害に備える (1) 近年の自然災害の経済被害額では近年、政府や学会が推計、公表した経済被害額の事例をいくつか紹介しました。しかし金額だけを見てもそれが私たちの生活にどのように影響するのかよく分かりません。

そこで今回は自然災害による経済被害額を理解する上で重要な区分を紹介します。それは経済被害における直接被害額と間接被害額という区分です。

直接被害額と間接被害額

政府等が自然災害の経済被害額を推計する場合、その被害額は直接被害額か間接被害額のいずれかに分類されます。ここで直接被害額とは、住宅や工場、道路などの公共インフラ施設といった建物等への被害を金銭評価した値です。金銭評価の際には、多くの場合、被災した建物の再調達価格、すなわち同等の建築物を新しく建てるのに必要な価格を用います。ただし在庫や償却資産の被害に対しては減価償却を考慮する場合もあります。このような建物等の一部が毀損し、これを金銭評価するのでストックの被害額とも呼ばれます。

他方で間接被害額とは、災害が発生しなければ得られていた利益を指します。すなわち逸失利益です。ここで利益とは企業の利益や労働者の所得、国内総生産 (GDP:Gross Domestic Production) や域内総生産 (GRP:Gross Regional Production) 等を指します。これらは月間や年間といったある一定期間をとって初めて計測できるものであり、フローの被害額とも呼ばれます。政府の被害想定では、年間実質GDPの損失額で評価されます。

政府等が推計した自然災害の被害額が、直接被害額 (ストックの被害額) なのか間接被害額 (フローの被害額) なのかを区別することは、その金額の意味を理解する上で大変重要です。【図1】に簡単な分類のイメージを示しました。

次項では、政府による南海トラフ巨大地震の被害想定を例として、直接被害額と間接被害額についてより具体的に説明をします。

【図1】直接被害額と間接被害額

南海トラフ巨大地震の経済被害想定

2013年に発表された南海トラフ巨大地震の経済被害額は、大手新聞紙面等で大きく取り上げられました。その見出しには「220兆円」と書かれていました。ただしこの金額は直接被害額と間接被害額の合計であることに注意してください。経済に与える影響を考えるためには、直接被害額と間接被害額を分けて見ることが必要です。

なお、内閣府は南海トラフ巨大地震の被害想定を2013年に公開し、2019年に最新のデータに基づき再計算しています。ここでは、再計算の結果をやや詳しく見ていきます※1

内閣府の報告書には2種類の被害額が示されています。「資産等の被害【被災地】」と「経済活動への影響【全国】」です。

「資産等の被害【被災地】」は、「地震により破損・喪失した施設や資産を震災前と同水準まで回復させるために必要となる費用」と報告書に明記されています。この金額は、南海トラフ巨大地震の「基本ケース」では100.5兆円、最も被害が大きいとされる陸側ケースでは171.6兆円と推計されています。主に建物等の被害額であり直接被害額に相当します。

他方、「経済活動への影響【全国】」は間接被害額に相当します。地震により工場等の民間資本ストックと労働者、サプライチェーン、都市機能に被害が出た場合の、地震発生から1年間の付加価値の減少分を推計しています。なお、付加価値とは生産のプロセスの中で原材料費に加えられる価値のことであり、企業の利益や労働者の所得になるものです。この付加価値を国全体で合計したものがGDPです。そのため「経済活動への影響【全国】」はGDPの減少額を推計しています。南海トラフ巨大地震の「基本ケース」では、地震発生から1年間で24.8兆円、「陸側ケース」では36.2兆円のGDPが失われると推計されています。また交通寸断による物流と人流の取りやめによる機会費用を「基本ケース」では4.6兆円、「陸側ケース」では5.9兆円と推計されています。これらを【表1】にまとめてみました。

【表1】南海トラフ巨大地震の経済被害想定
基本ケース 陸側ケース 内容
直接被害額 100.5兆円 171.6兆円 建物等の損失額
間接被害額 24.8兆円 36.2兆円 GDPの損失額
間接被害額 (交通寸断由来) 4.6兆円 5.9兆円 交通寸断の機会費用

直接被害額と間接被害額の関係

南海トラフ巨大地震について、想定される直接被害額と間接被害額を見てきました。自然災害の経済被害を、前者はストックの観点から、後者はフローの観点から捉えています。ただし両社は全く別のものではありません。工場、道路や港湾等の産業インフラが大きな被害を受けるほど、経済活動は落ち込み、その回復に多くの資源と時間を要するでしょう。すなわち直接被害額 (ストックの被害額) が大きいと間接被害額 (フローの被害額) も大きくなると考えられます。逆に耐震化により産業インフラの被害を抑えることができれば、経済活動は早期に回復し、間接被害額を抑える事ができます。

まとめ

今回は自然災害の経済被害額について、直接被害額と間接被害額という2つの区分を紹介しました。しばしば2つの金額は合計されてしまいますが、それでは自然災害が経済に与える影響を適切に見ることができません。報道された数字だけでなく、数字の中身を知ることが大切です。またストックの損失はフローの損失と密接につながっています。両者を分けて考えると同時に、その関係性も考えることが重要となります。