一般均衡モデルで災害の経済被害を分析する

自然災害は経済活動にさまざまな影響を及ぼします。建物などの資産の損壊は「直接被害額」と呼ばれ、災害発生時のストックに対する被害額として評価されます。一方、生産量や地域内総生産の減少は「間接被害額」と呼ばれ、一定期間 (例えば一年間) のフローに対する被害額として評価されます。
一般的に、国や自治体は直接被害額を公表することが多いため、自然災害の経済被害額として直接被害額の数字が用いられることがあります。しかし、私たちの生活実感に近い指標は、むしろ生産や所得の減少といったフローの被害額です。
もしフローの経済被害の内容とその金額が予測できれば、自然災害が私たちの生活にどのような影響を与えるのかを具体的に理解することができます。しかし、フローの経済被害額を推計することは容易ではなく、公的機関から公表されることは稀です。共創Labでは、応用一般均衡モデルを用いて、このフローの経済被害の内容や金額の推計を試みています。以下では、その理論的基礎となる「一般均衡モデル」について解説します。一般均衡モデルは現代経済学の根幹をなす重要な理論であり、数学的表現が多用されますが、その示唆する内容は直感的に理解できるものが多いのです。
さて、ここで私たちの生活圏で大きな地震が起きた場合を想像してみましょう。会社に勤めている人は、会社の生産設備などが被災する可能性があります。復旧の見込みが立たなければ、別の仕事を探す必要が出てくるでしょう。しかし、他の企業も被災している場合、地域全体の雇用が減少しているかもしれません。結果として、良い条件で再就職できない可能性も考えられます。収入の不安を抱えながら、当面の生活用品を買いに行くと、その地域に日用品を供給していた工場が被災しており、棚にはわずかな商品しか残っていないかもしれません。そうなれば、需要に対して商品の供給が追いつかず、商品によっては価格が高騰することもあり得ます。このように、災害が私たちの経済活動全体に及ぼす影響は、個々の出来事だけを見ても、その複雑さや全体像を把握することは容易ではありません。
このような状況を理路整然と分析するための道具が、一般均衡モデルです。以下で簡単な一般均衡モデルの概要を説明します。(図参照) 一般均衡モデルには、消費者と生産者が登場します。消費者は、経済学で「生産要素」と呼ばれる「労働力」と「資本ストック (工場や生産設備)」の所有者です。消費者が資本ストックの所有者であるということは、実際には、消費者が金融機関に預けた預金が企業に貸し出され、企業がその資金を使って設備投資を行うからです。このため、消費者は間接的に企業の設備を保有していると考えられます。生産者は、生産活動を行うために労働力市場で労働者を雇用し、資本ストックのレンタル市場から資本ストックを賃借します。さらに、原材料や部品といった中間財を財市場から購入し、利潤を最大化するように生産を行います。消費者は、労働力と資本ストックを企業に提供することで収入を得て、その収入で自身の効用 (満足度) 最大化のために財を購入し、消費します。
一般均衡モデルでは、すべての市場で、需要と供給が一致するように価格が決定されます。財市場では、生産者が財を供給し、消費者と生産者がこれを需要します。「生産要素市場」である労働力市場と資本ストックのレンタル市場も同様です。生産要素である労働力と資本ストックの供給は消費者が行い、これらを生産者が需要します。一般均衡モデルでは、生産要素市場でも需要と供給が一致するように価格 (賃金率と資本ストックのレンタル価格) が決定されると考えられます。
先ほどの地震による経済的な影響の例を、一般均衡モデルの枠組みの中で考えてみましょう。まず、地震の揺れによって資本ストックが損壊するため、生産者が利用できる資本ストックの量は減少します。これにより生産量も減少し、労働需要も減少すると考えられます。労働供給に対して労働需要が減少すれば、労働力の需給バランスを取るために賃金率は低下します。これは、消費者の所得の減少につながります。生産者による生産量の減少は、財市場に供給される財の量を減少させます。財の価格が上昇するかどうかは一概には言えません。なぜなら、消費者の所得が減少しているため、財に対する需要も減少すると考えられるからです。さらに、生産者の中間財に対する需要も減少するでしょう。これら複数の要因が絡み合っているため、この点を明らかにするには、一般均衡モデルに基づく数値シミュレーションが必要です。
一般均衡モデルを利用すると、消費者と生産者の市場を通じた相互作用を一貫して捉えることができます。実際には、一般均衡モデルは連立方程式の形で表され、関数を特定し、パラメータに数値を代入すれば解くことができます。この一般均衡モデルをより現実に即したものに精緻化し、地域間産業連関表などでパラメータを特定化して、数値シミュレーションを行うものが応用一般均衡モデルです。
共創Labでは、応用一般均衡モデルを用いて自然災害の経済影響を定量的に予測できるよう、大学と連携して研究を進めています。