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2025.04.22

気候変動に対する不動産のレジリエンスを考える

このコラムは、株式会社長谷工総合研究所が刊行している冊子「CRI」に、共創Labが寄稿した記事です。2025年4月号に掲載されています。許可をいただき転載しています。

長谷工総合研究所

頻発化・激甚化する日本の豪雨災害の特性

IPCC (気候変動に関する政府間パネル) の最新の報告書1では、人間の活動が地球温暖化を促進させてきたことは「疑う余地がない」とされている。報告書では5つの社会経済シナリオ (SSP) を示し、世界の平均気温を予測しているが、脱炭素化にシフトしない3つのシナリオでは、1850年から1900年を基準として、2100年までに2℃以上に上昇することが予測されている。本格的に脱炭素化へシフトした社会経済の場合には2℃より低く、最も低いシナリオでは1.5℃程度の上昇にとどまるとされている【図1】。科学の観点からは、地球温暖化は既に前提となっており、私たちは脱炭素化へ努力するとともに、地球温暖化が進行した世界への適応策を考えなければならない時代となった。

【図1】社会経済シナリオ別での世界平均気温の予測
出典) Figure AR6 WG1 | Climate Change 2021: The Physical Science Basis

地球温暖化に伴い、豪雨や乾燥、熱波などの極端な気象現象が世界中で増加するとされ、その程度には地域的な偏在があるとされる。ここでは近年頻発化・激甚化が懸念されている日本の水害について概観したい。日本の降水量の経年変化を見ると、「猛烈な雨」とされる1時間降水量80mm以上の全国での年間発生回数は明確に増加している【図2】。また、全国の日最高気温が35℃以上 (猛暑日) の年間日数は90年代半ばから明らかに増加している【図3】。猛暑になるとゲリラ豪雨が発生しやすくなり、市街地では内水・外水氾濫につながる恐れがある。

【図2】[全国のアメダス] 1時間降水量80mm以上の年間発生回数
出典) 気象庁:全国(アメダス)の1時間降水量50mm以上、80mm以上、100mm以上の年間発生回数
【図3】[全国13地点平均] 日最高気温35℃以上の年間日数
出典) 気象庁:全国(13地点平均)の猛暑日の年間日数

国土交通省の水害統計によれば、東日本を中心に記録的な豪雨をもたらした「令和元年東日本台風」(2019年) の被害額は、約1兆8,800億円である。前年の「平成30年7月豪雨」(2018年) の被害額は約1兆2,150億円であった。東日本大震災の津波被害額を除くと、いずれも単一の水害としては、統計開始以来最大の被害額である。「令和元年東日本台風」では家屋の全壊が約3,000棟、半壊が約1万8,000棟、床上浸水が約2万棟、床下浸水が約4万棟となっている。「平成30年7月豪雨」でも、家屋の全壊が約7,000棟、半壊が約1万1,000棟、床上浸水が約7,000棟、床下浸水が約2万1,000棟となっている。「令和元年東日本台風」については、温室効果ガスによる気温や海面温度の上昇が降水量の増加につながったとする研究もある2

国土交通省が2020年に公表した資料3によれば、2015年時点で日本全国において水害リスクがあるエリアに居住する人口は3,703万人と推計され、当時の総人口の29.1%に相当する。近年の豪雨災害をきっかけに、気候変動の進展のみならず、自らの不動産に対する水害リスクを再考した人々も多いと考えられる。マンションや商業用ビル、オフィスビル、工場などの不動産は、私たちの生活と経済活動に欠かすことができない役割をそれぞれが担っている。気候変動の進展と増大する水害リスクから不動産を守ることは、私たちの生活と経済活動を守ることにほかならず、以下で述べる「不動産のレジリエンス」の確保が急務となっている。

不動産のレジリエンス:事前対策と早期復旧の重要性

不動産を水害から守るとは、どのようなことであろうか。もちろん、土地や建築物そのものを浸水被害から守ることが基本であるが、より本質的には不動産がもたらすサービスを極力絶やさないということである。不動産はその用途に応じて、様々なサービスを私たちにもたらし、私たちはそこから効用を得る。それゆえに不動産は価値を有する。不動産がもたらすサービスは、居住用マンションであれば快適で安全な居住環境の提供であり、商業用ビルであれば商業サービスに係る供給環境の提供である。オフィスや工場は効率的な生産活動を支える環境と言える。

水害などの災害時に不動産がもたらすサービスを極力絶やさないことは、不動産の「レジリエンス」を高めることと同義である。レジリエンスとは、元々心理学の用語であったものが防災の文脈で普及したものであり、災害時に被災の程度を軽減し、かつ速やかに復旧する防災・減災のあり方を示している。【図4】は不動産のレジリエンスの概念を示したものである。すなわち、氾濫が発生した場合でも、エントランスなどに止水板を即時に設置できたり、電気設備が高所に設置されているといった対策がなされていれば、居住用途や商業用途に限らず初期被害を抑え、サービスの供給能力を維持することが可能となる。

【図4】不動産レジリエンスの概念図

また、周辺インフラが利用できない間に不動産の利用者が非常用電源や災害時の備蓄品にアクセスできる体制が整っていれば、周辺インフラの復旧とともに不動産のサービス供給能力も復旧するであろう。初期被害を極力抑制し、早期に機能を回復させるための諸対策が講じられていることで、その不動産のレジリエンスが高いと言える。居住用・商業用の建築物だけでなく、工場においても、建屋そのものの嵩上げ工事や防水壁、排水ポンプの設置、重要設備の高所設置などによって、生産能力の初期被害を軽減できる。加えて、事業継続計画 (BCP) の策定と日常的な訓練がなされていれば、生産活動の早期復旧も可能となる。

経済的な価値の観点からは、不動産の価値はそれが生み出す収益の割引現在価値の総和と考えられる。不動産の経済的な価値を守ることは、それが生み出す収益を極力絶やさないことを意味する。そのため、水害リスクへの事前の対策と早期復旧は、不動産の経済的価値の毀損を抑えるために重要である。

気候変動への適応策と不動産レジリエンス

気候変動対策には緩和策 (Mitigation) と適応策 (Adaptation) の2種類がある。緩和策とは、再生可能エネルギー発電の普及などの脱炭素化政策によって温室効果ガスの排出を削減し、気候変動をできる限り抑制することが目的である。他方で、適応策とは避けられない気候変動に備え、その被害を軽減することが目的である。

現在、世界的に緩和策と適応策が様々な分野で展開されている。日本の水害対策については、2020年に国土交通省が「流域治水」を打ち出し、水害対策の転換を宣言した。流域治水とは、河川の上流に位置する「集水域」から、堤防で挟まれた「河川区域」、河川の氾濫で浸水が想定される「氾濫域」を1つの流域として捉え、流域全体でハード対策とソフト対策の両面から治水対策を実施する適応策の1つである。流域治水では、集水域での利水ダムやため池などの治水利用、河川区域での治水ダムの建設・再生、堤防の強化などが実施されるが、不動産市場にとって重要な点は、氾濫域での土地利用規制や水害リスク情報の提供に関わる部分である。2021年に「流域治水関連法案」が可決され成立した際、その中で特定都市河川浸水被害対策法の改正による「浸水被害防止区域」制度が創設された。同制度により、水害リスクが高いと指定されたエリアで建築規制が強化される。また、2020年には宅地建物取引業法施行規則が改正され、不動産取引時において自治体が公表する水害ハザードマップにおける対象物件の所在地を重要事項として事前に説明することが義務づけられた。

水害リスクの高いエリアの法的指定と不動産取引時における水害リスク情報の説明義務は、不動産の購入希望者に水害リスクを意識させる良い機会となる。ただし、水害リスクが存在しても、事前対策により不動産のレジリエンスを高めることが可能である。長期的には、水害リスクが高い川沿いの低地などから、水害リスクが低い高台などへと不動産が徐々に移転することが望ましい。しかし、私たちは水害リスクのある土地に治水インフラを用いて都市を形成し、発展を享受してきた。国土のあり様を短期間で変えることはできず、私たちは増大する水害リスクとこれからも付き合わなければならない。そのため、比較的軽度の氾濫があっても不動産の機能を極力維持し、速やかに復旧するレジリエントな不動産が選択肢として普及することが望ましい。対策を望む不動産の所有者は、自治体が公表している水害ハザードマップにより、基本的な水害リスクが評価できる。より詳細に水害リスクを検討する場合には、専門家によるリスク評価や対策に関するコンサルティングサービスも存在する。また、対策を実施した不動産が市場で適切な評価を得る上では、第三者認証という制度を利用し、アピールすることもできる。例えば「ResReal (レジリアル)4」は、自然災害に対する不動産のレジリエンスを定量化・可視化する国内初の第三者認証制度である。不動産の立地や構造といった物理的特性だけでなくタイムライン (防災行動計画) やBCPの有無といったソフト対策も重要な評価対象となっており、不動産の機能の維持を重視する評価制度と言える。

不動産のレジリエンスを高めるためには、相応の防災投資が求められる。投資がリスク対策として適切であれば、そのことが市場で評価され、レジリエントな不動産とそうでない不動産が差別化される必要がある。しかし、気候変動リスクとそれに見合う対策を見極めることは一般には容易ではなく、その点の解消が今後レジリエントな不動産の普及の鍵になるのではないか。

ここまでは市場取引の対象となる不動産に焦点を当ててきた。最後に公的不動産のレジリエンスについて触れたい。例えば、自治体の行政庁舎は地域住民に公的サービスを提供する上で欠かせない公的不動産である。特に、行政庁舎は災害時にこそ機能維持が求められ、不動産のレジリエンスは公的不動産に対しても欠かすことができない。市場による選別がない以上、公的不動産のレジリエンス向上には行政と住民の危機意識の醸成が欠かせない。

気候変動の進展が避けられない以上、私たちは増加する自然災害リスクに適応しなければならない。国による流域治水の展開と併せて、レジリエントな不動産の普及は水害リスクへの適応策の重要な柱になるであろう。

  • SSP:Shared Socioeconomic Pathwaysの略語であり、SSPに続く数値は5つの社会経済シナリオのいずれかを示している。その後の‐に続く数値は2100年頃のおおよその放射強制力の水準 (単位はW/m2) を示している。
参考文献
  1. IPCC: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Cambridge University Press. 2021.
  2. Hiroaki Kawase et al: Enhancement of Extremely Heavy Precipitation Induced by Typhoon Hagibis (2019) due to Historical Warming. Scientific Online Letters on the Atmosphere. Volume 17A Issue Special Edition, Pages 7-13. 2021.
  3. 国土交通省国土政策局:都道府県別の災害リスクエリアに居住する人口について 2020
  4. 不動産レジリエンス認証 ResReal