阪神・淡路大震災から30年を迎えて - 30年間の地震対策の進展がもたらしたレジリエンス向上効果を考える -

はじめに
1995年1月17日に兵庫県南部地震 (阪神・淡路大震災) が発生してから30年が経過しました。日本は地震が多い国であり、阪神・淡路大震災の発生前から様々な地震対策が講じられてきました。最も基本的な対策の一つは、建築基準法における建物の耐震基準です。建築基準法は1950年に制定され、その後1978年の宮城県沖地震の教訓を受けて、1981年には建築基準法施行令が改正されました。これにより、耐震性が大きく向上した新耐震基準の建物が建設されるようになりました。一方で、産業施設や事業用建物においては、建物が全壊しなくとも機械や設備が大きく損傷したり、何らかの事情で復旧が大幅に遅れることにより、地域の社会・経済活動に大きな影響を及ぼすことがあります。
今回のコラムでは、まず1995年の阪神・淡路大震災当時の関東地方における製造業の地震対策の状況や、水道の配水管の耐震化状況を振り返りたいと思います。その上で、これら地震対策の進展によって、首都直下地震 (都心南部直下地震) が発生した場合の東京の都市部 (東京23区・川崎市・横浜市) における製造業への影響が1995年当時と比較してどの程度軽減されたのかを考察したいと思います。なお、以降に示す計算結果はあくまで試算であり、またサプライチェーンの影響については考慮していない点にご留意ください。
1995年当時の企業の地震対策実施状況
兵庫県南部地震発生後の1995年7月、通商産業省関東通商産業局は埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県・静岡県の1都4県に立地する製造業の事業所を対象に、以下の4点を調査しました。①地震対策の現状、②被害が日本経済に与える影響、③バックアップ体制の整備状況、④地震対策に対する国への要望等です。調査対象は、生産動態統計調査において各品目の生産量が多い「重要工場」、重要工場の「本社」、及び東京都江東区、墨田区、品川区、大田区、神奈川県川崎市、横浜市、静岡県に立地する「中小企業」の主力工場となっています。調査内容は多岐にわたりますが、ここではその一部の調査結果を紹介します (表1)。
建物の耐震基準
建物の耐震基準は「重要工場」「本社」「中小企業」の全てにおいて、旧耐震基準の建物が半分以上を占めていました。これは、調査が行われた1995年当時、新耐震基準の適用から14年しか経過していないことが大きく影響しています。ただし、旧耐震基準の割合は「重要工場」が最も高く、80%以上を占めていました。「重要工場」の建物の弱点として「建物の老朽化」が最も多く挙げられており、その多くは建物の更新時期に来ていた可能性があります。
建物の弱点やその補強方法
建物の弱点としては、上述の「建物の老朽化」のほかに、コンクリートやガラスの落下、液状化などが挙げられていました。また、補強方法としては、壁や柱の補強、一部設備の固定、窓ガラス・窓枠・床の補強などが挙げられていました。
非常用電源
操業上不可欠なライフラインとして、「重要工場」「中小企業」では「電気」が挙げられていますが、電気の予備施設は、「重要工場」や「本社」の設置率が40%以上となっているものの、「中小企業」に関しては設置率が10%に満たない状況でした。
その他
2011年の東日本大震災の際、サプライチェーンの問題が大きく取り上げられましたが、本調査で下請企業が操業不能となった場合の対策を検討しているのは「重要工場」で約18%、そして「中小企業」で約11%しかなく、主要製品の代替生産が可能と回答したのは半分程度であることから、この時点からサプライチェーンに関する課題は潜在的に存在していたことが伺えます。

2024年時点の企業の地震対策実施状況
現状における企業の地震対策の実施状況はどのようになっているのでしょうか。内閣府では2007年から隔年で企業の事業継続や防災への取り組み状況について調査を行っており、その最新版は2024年に公表されています。ここでは、「建物の耐震基準」「設備固定」「非常用電源」を中心に製造業の地震対策の実施状況を紹介します。ただし、これらの調査結果は1995年当時の調査結果とは異なり、日本全国の企業を対象とした結果である点にご留意ください。
建物の耐震基準
建物の耐震基準は全体の約51%で新耐震基準となっており、1995年当時と比較すると、建物の耐震化は大きく進んだと考えられます。一方で、約49%は旧耐震基準または旧耐震基準建物と新耐震基準建物が混在していると回答しており、脆弱な建物もかなりの割合で残っていると思われます。
設備固定
事業所の設備機器・オフィス機器の転倒防止については、両方を行っているとの回答が約61%、設備機器のみ固定しているとの回答が約16%を占めていました。通商産業省の1995年時点の調査では、「弱点の補強をした」との回答は回答事業所全体の約17%であったことを考えると、設備固定対策の実施率が大きく改善したものと推測されます。
非常用電源
事業継続計画 (BCP) の記載事項として「非常用電源・通信設備等の準備」を挙げた回答割合は約67%に上りました。事業継続計画 (BCP) を策定済と回答した割合は約58%であり、仮にBCP策定済企業のみ非常用電源を準備していると考えた場合、全体の約4割弱の事業所で非常用電源の設置が行われているものと見込まれます。
その他
事業継続計画 (BCP) の記載事項に「サプライチェーン維持のための方策」を記載した割合は50%を超えています。BCP策定済企業のみで事業継続計画 (BCP) を策定済と回答した事業所が「サプライチェーン維持のための方策」を立てていると考えた場合でも、サプライチェーン対策は1995年当時と比較して大きく進展していると言えそうです。

水道配水管の耐震化
1995年の阪神・淡路大震災の際、水道配水管も大きな被害を受け、水道管路では継手部の抜け出しや管の折損といった被害が発生し、長期間にわたり断水しました。継手部に関しては1995年当時も一部の管種・管路で耐震継手が用いられていましたが、その後も管路の耐震化の取り組みは続けられています。水道統計によれば、1995年の兵庫県南部地震発生当時における埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、静岡県の配水管路における耐震継手の使用割合は全体の約2%に過ぎませんでしたが、現在これらの1都4県における耐震継手の割合は約27%まで上昇しており、地震に対する水道管路が強靭化していることがわかります。

1995年の耐震継手はダクタイル鋳鉄管の耐震継手のみを耐震継手として計上しています。現在の耐震継手はダクタイル鋳鉄管の耐震継手のほか、鋼管の溶接継手も耐震継手として計上しています。
地震対策の進展が操業度の回復過程に与える影響
これまで見てきたように、1995年の阪神・淡路大震災当時と比較すると、製造業の事業所における地震対策や水道配水管の耐震化は進展しています。これらの地震対策の進展が、地震被害をどのように減少させることができるのでしょうか。ここでは、首都直下地震 (都心南部直下地震) が発生した場合に、東京都市部 (東京23区・川崎市・横浜市) の被災企業の操業度の回復過程にどのような影響を与えるのかを計測した例を紹介します。対象とした対策は「機械・設備の固定」、「非常用電源の設置」、「水道配水管の耐震化」の3つです (本試算には建物の耐震基準の変化は含まれていません)。1995年当時の3つの対策の実施率と現在の実施率を比較し、対策実施率の向上が操業度の回復過程に与えた変化の試算例を示します。図3に対象とした3つの対策が被災企業の操業度の回復過程の変化に与えるイメージを示します。なお、「操業度」とは稼働率を示していますが、サプライチェーン被害や顧客の被害など、他の事業所の被害要因については考慮していない点にご注意ください。また、地震後の火災や液状化、土砂災害などの揺れによる被害以外の要因や、多大な被害量による復旧人員不足についても考慮していない点にもご注意ください。

図3に示したように、地震対策の実施率が向上すると、地震被害の軽減や復旧の早期化によって操業度は上昇します。実際、発災前の操業度を100%とすると、1995年当時の対策実施率による東京都市部 (東京23区・川崎市・横浜市) の発災後30日間の平均操業度は約52%であったのに対し、2024年には約63%となっています (図4)。これにより、「機械・設備の固定」、「非常用電源の設置」、「水道配水管の耐震化」の3つの地震対策の実施が操業度を10%以上向上させていると推測されます。

本試算には地震後の火災、液状化、土砂災害などの揺れによる被害以外の要因、多大な被害量による復旧人員不足、建物の耐震基準の変化、サプライチェーン被害や顧客の被害などの他の事業所の被害要因などは考慮していない点にご留意ください。
おわりに
今回は、1995年の阪神・淡路大震災当時と現在の企業の地震対策や水道配水管の耐震化の実施状況について確認するとともに、都心南部直下地震が発生した場合に、これらの地震対策の進展がもたらした効果の推定例を紹介しました。企業が実施する地震対策はもちろん重要ですが、今回紹介した水道管路の耐震化といったライフラインや社会インフラの耐震化が、地域の社会・経済の早期復旧においても重要であることをご認識いただけたのではないでしょうか。
本コラムで紹介したように、地震対策は着実に進展しています。しかしながら、将来の発生が懸念される南海トラフ地震や都市直下型地震などを考慮すると、現状の対策は十分とは言えません。共創Labでは、各種自然災害に関する地域社会・経済のレジリエンスに関する研究を通じて、社会的課題の解決に貢献したいと考えています。
※本コラムに示した計算結果はあくまで試算であり、今後の研究の進展や前提条件の変化により数値は変化する点をご留意ください。
- 参考文献
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- 国土交通省:第2節 過去の危機と変化 1 関東大震災,国土交通白書2021,
- 通商産業省関東通商産業局:南関東・静岡圏における企業の地震対策に関する調査報告書,1995, 7.
- 内閣府防災担当:令和5年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査,2024.3.
- 日本水道協会:水道統計 2022年度 施設・業務編,第105号.
- 厚生省生活衛生局:水道統計 1994年度 施設・業務編,第77号.