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京都大学名誉教授 / 共創Lab顧問 岡田 憲夫
2024.01.30

共創するコミュニケーションの場のデザインを目指して (その2) 防災、観光、まちづくりと五層モデルの活用

ケース1:五層モデルで読み解く「我が町のシンボル熊本城の早期復旧を基軸とした創造的な熊本災害復興まちづくり」

2012年4月から2013年3月までの丸一年間を思い起こしています。私は熊本市に住み、働き、よそ者の視点と好奇心でこのまちの姿を生き生きと体感する日々でした※1。その時に確信したことがあります。熊本城はまちのシンボルであり、かけがえのない宝である。まちのいろいろなところから天守閣は見えていて、市民にとってお城は景観や街並みを構成する中心的基準点となっている。威風堂々とした質量感と歴史的風格を帯びた佇まいを日々眺めながら、人々は包まれるような安心感と背筋が伸びるような誇らしさに鼓舞されて暮らしている。それは市民だけではありません。このまちを愛し再訪してくる観光客に問うてみるとしましょう。熊本城の姿を認めて初めて熊本のまちに来たことを実感する。そしてこのまちが今日も生き生きと営まれていることをシンボリックに感得できる、などの声が多いと思います。少なくとも私を訪ねてきた知人たちは異口同音にそのような感想を漏らしていました。

それから三年後。2016年4月14日、マグニチュード6.5、最大震度7、続けて16日にマグニチュード7.3、最大震度7の大きな地震が熊本地域を襲いました。この地震で熊本市も甚大な被害を受けましたが、テレビでこの惨状を見たとき、熊本のまちの象徴である熊本城が被災したことは人々に大きな衝撃を与える、と私は直感しました。天守閣の最上階の瓦がほとんど落下・破損したのを始め、石垣や塀、主要な櫓が全壊、部分倒壊する。一瞬にしてお城は荒廃した姿に変貌してしまったからです。

既に京都に居を戻していた私は、テレビの映像が伝えるこれらの惨状に目を覆いました。次の瞬間、脳裏にひらめいたことがあります。

この大震災から熊本が再興していくには十年、二十年余の年月を要するであろう。そこへ向けて市民も、県民も、行政も、専門家も力を合わせて復興プロジェクトに取り組まなければならない。そしてこのまちに縁を感じる外部のひとたちも加わった (未来の観光客も含めての) 連帯の力が発揮されなければならない。そのためには何から始めるべきなのか?そうだ。熊本城復旧プロジェクトをがシンボリックな柱と原動力としてまず立ち上げる。そしてそれをメインコラムにして、多層的な社会基盤システムの創造的な再生のプロジェクトをセットにして復興プロジェクトを企画し、多段階的で戦略的に実践につないでいく包括的で複合的なデザインが求められるに違いない。市民も、県民も、行政も、専門家も力を合わせ、未来の観光客や再訪者も加わって、概形や祖型を構想し、議論できるデザインの「写し鏡」があった方がよいはずだ。そう、見える化の工夫である。そこに奇しくも、熊本城の天守閣にそっくりの五層モデルが当てはまるのではないか?

果たせるかな、時を置かずして2016(平成28)年10月に熊本市は『熊本市震災復興計画』を策定・公表しました。

本計画では次の5つの柱 (pillars) をプロジェクトに立てながら計画全体を進めていく建付けになっています。

  1. プロジェクト① 一人ひとりの暮らしを支えるプロジェクト
  2. プロジェクト② 市民の命を守る「熊本市民病院」再生プロジェクト
  3. プロジェクト③ くまもとのシンボル「熊本城」復旧プロジェクト
  4. プロジェクト④ 新たな熊本の経済成長をけん引するプロジェクト
  5. プロジェクト⑤ 震災の記憶を次世代へつなぐプロジェクト

順番では3番目ですが、以下に続く説明を読むと※2、プロジェクト③が一番中核的で地域再生のシンボリックな位置づけを担っていると解釈して良さそうです。これがいわば大黒柱 (central pillar) なのです。

この復興計画の概要が私の提唱する五層モデルの見立てとどこまで整合するか分かりません。あくまで私なりの主観的解釈で復興計画を互層モデルにざくっと写し出してみましょう。「我が町のシンボル熊本城の早期復旧を基軸とした創造的な熊本災害復興まちづくり」の五層モデル的解釈を図示したものが【図1】です。本図では大黒柱が「我が町のシンボル熊本城の早期復旧を基軸とした創造的な熊本災害復興まちづくり」とみなしています (表現に私流の少し脚色があることを断っておきます)。付随して「プロジェクト③ くまもとのシンボル「熊本城」復旧プロジェクト」を位置づけています。あくまで一つの解釈ですが、このグランドデザインに関連付けて、各層に他のプロジェクトが紐づけられているようです。このような思考実験の写し鏡があれば、少なくとも関係者がより明確な形でオープンに議論し、多角的・包括的に検証していくことが可能になるのではないでしょうか?

【図1】五層モデル「我が町のシンボル熊本城の早期復旧を基軸とした創造的な災害復興まちづくり」

ケース2:球磨川豪雨水害を契機に持続的地域復興に挑戦する市民・民間主導モデル-五層モデルの可能性に気づく

2022年9月20日に「熊本市において市民によよる熊本の復興まちづくりのこれまでとこれから」(日本都市計画学会 九州支部主催) にコメンテータとパネリストとして招かれました。本シンポジウムは二部構成で、前半部は話題提供、後半部は専門家の立場から私がコメントし、その後発表者を交えてパネルデイカッションをしました。まず前半部では熊本地震や球磨川水害からの復興において、市民や民間の立場で活躍してきた3人の方から下記のようなテーマでこれまでの活動の紹介がありました。

  1. 「過去を知り、未来を思う、場のつくり方、そしてまちのあり方」面木 健氏 (OMOKENパーク)
  2. 「人吉球磨のブランドマーケティング」有村 友美氏 (人吉温泉「あゆの里」若女将)
  3. 「"本業回帰"の民間まちづくり参画 ~復興まちづくりのフェーズ変化と共に~」中村 哲氏 (じもとビークル研究所)

なお1と3は熊本地震 (2016年4月) に関わる災害復興の実体験、2は球磨川豪雨水害に関す市民・民間から立ち上げた災害復興まちづくりへの取り組みでした。登壇された方々はそれぞれ大変な難儀を乗り越えて来られており、そこから培われた信念や確信がメッセージのベースにあることが伝わってきました。そして「災害からの復興において、市民が主役になったまちづくりが大切である」というメッセージは各人とも共通でした。

後半部では、私はこのような特筆に値する取り組みが既に市民・民間レベルで実践されつつあることに感銘を受けたことをまず伝えました。私の方が学ぶこと、勇気づけられることも多いと言い添えました。彼らの取り組みは総合防災やまちづくりを研究してきた者として、大変心強い実践例になっているのです。では私の方から何がアドバイスできるのか?私は、皆さんが協力し合ってデザインしている総合的な計画のは中心に大きな柱を立てて、全体として五重塔を建てていくような挑戦に譬えることができる。具体的には「五層モデル」の見立てと活用が有効であることを指摘しました。

パネルディスカッションで、私は特に2の「人吉球磨のブランドマーケティング」の事例を取り上げて解説をしました。話題提供者の有村氏にいくつか尋ねながら「人吉球磨のブランドマーケティング」計画の建付けをあぶりだすことに努めました。次第に本稿のテーマである「観光」と「防災」と「まちづくり」を掛け合わせることに狙いがあることが見えてきました。ただ、そのよう観光地である前に、日頃から人々が共に住み良いまちづくりを目指している地域であることが大前提でなければならない。外部からも訪れ続けてみたい地域となり得なければならない。壊滅的に被災した観光地では私たち市民は発想転換と行動実践が求められているのだ。それは一朝一夕で実現はしない。二、三十年以上のタイムスパンでの持続可能な地域復興のまちづくりをいかに戦略的に行っていくかが問われている。そういうことに計画づくりを担った皆さん方は気づいていました。

有村氏は今回の球磨川水害で旅館「あゆの里」と自宅共に被災したそうです。2021年夏の営業再開に向けて準備を進めながら、人吉球磨観光地域づくり協議会のプロジェクトを率先して進めておられるようでした。有村氏は「災害を経験して改めて大事だと感じたのは、私たち自身が『どういうまちにしていきたいか』を真剣に考え、地域一体となって動くこと。これからも地域を潤し、『稼ぐ力』をつけるというゴールを目指していきます」と語っている。結果的に「食の大切さ」をポリシー (政策テーマ) にしたアプローチにたどり着き、そして持続的可能な取り組み (SDGs) とも結び付けていく流れができてきたようです。

そこで私は具体的に五層モデルに移し替えていけるのではと思い、パネルディスカッションでは踏み込んで例示することを試みました。時間の関係もあり、スケッチ程度の話になったのですが、有村さんは「このような多様で複雑な取り組みの全体像をどのように捉えてデザインし、要所要所を押さえて抑えてマネジメントしていけば良いのかについて、自分たちだけでは手探り状態であること。そのロードマップの立て方が判然せず悩みである」と述べられた。そして「このような五層モデルの見立ては大変実感にもマッチするので今後活用したい」と励みになる感想をいただきました。こここから先は、後から関連するレポートを読むことで得た情報からより詳細に知ることになるのですが※3、つまるところ「災害を学びに、食の多様性への対応を通じてサステナブルな観光地域づくりを目指す熊本県人吉球磨地域の取り組み」に集約されていったようです。

【図2】はシンポジウムを後からふり返って、この人吉球磨の挑戦を五層モデルに写し取ってみたものです。少し新しい工夫として、五層モデルに持続的可能な取り組み (SDGs) が関連付けられた位置づけとなっていることに着目いただければ幸いです。

【図2】五層モデル「(共に生きよく、訪れよく続けられる) 持続可能なまちづくり=食を中心として」

「共創セミナー -災害に強い観光地づくりに向けて-」から紡がれた共創の知をレビューする

最後に、共創するコミュニケーションの場のデザインを目指して (その1) で触れた「共創セミナー -災害に強い観光地づくりに向けて-」から紡がれた共創の知をふり返ってみます。何をリストアップするかはいろいろあり得るでしょうが、a.フェイズ・フリー (phase-free) の視点、b.サイズの適正化 (right-sizing) の二項目を取り上げてみましょう。a.は災害時 (非常時) だけのモードではなく、日常時との連続性も考慮したアプローチが必要だという視点です。一方、b.は、少し説明が必要でしょう。私の解釈 (読み替え) が入っているからです。セミナーでは、「団体客に偏った観光ビジネスの見直し」という視点も重要だとの観光を専門にする方 (業種) から指摘されました。防災やまちづくりを専門とする立場から見ると、異業種ならではの視点です。これをサイズの適正化 (right-sizing) と読み替えてはどうかというのが私の提案です。

さて、a.フェイズ・フリー (phase-free) の視点を中心に据えて、まちづくりをデザインしようとするとどうなるか?ここで使えるのが、五層モデルです。【図3】はそれを図式化した例を示してあります。

同様にして、b.サイズの適正化 (right-sizing) の視点を中心に据えて、まちづくりをデザインしてみた事例が【図4】です。もちろん細かくはいろいろなバリエーションが考えられると思います。

異なる業種の観点を交流させるという意味では、たとえばb.サイズの適正化 (right-sizing) の視点を踏まえて、それに相応した観光ビジネスモデルを考案してはどうでしょうか。そうそう、a.フェイズ・フリー (phase-free) の視点から、新しい観光ビジネスモデルをマッチングさせていくというのも有効ではないでしょうか。

実は、上で取り上げた二つの実際のケースについても、a.フェイズ・フリー (phase-free) の視点やb.サイズの適正化 (right-sizing) の視点は不可欠でしょう。ここでは説明しませんが、皆さん、それぞれ一度試しに検討してみてはどうでしょうか。

このように考えてくると、五層モデルは様々な共創の知のレビューや整理にもいろいろと活用が可能だと思えます。ぜひ多様な使い方を考案して下さい。

【図3】五層モデル「日常と非日常がつながった (フェイズ・フリーの) 社会づくり」
【図4】五層モデル「適正サイズ志向の社会づくり」
  1. 私は2012年4月に京都大学を定年退職後ご縁があって、熊本大学自然科学研究科の教授として、熊本地域の災害リスクを考慮した社会基盤整備の在り方についてアドバイスをすることになった。結果的には熊本大学に小さな減災研究・教育のセンターが設立されるに至った。(センターは2016年4月の熊本地震のあと、全学レベルのくまもと水循環・減災研究教育センターに再編成されて今に至っている)
  2. 『熊本市震災復興計画』のから該当する箇所を引用すると下記のようである。

    熊本市では20年がかりの修復計画を掲げ、最初に復興のシンボルとして天守の復旧に取りかかり、令和3年3月には最新の制震技術を駆使した修復工事を完了し、6月から内部公開を開始しています。また天守の内部だけでなく、特別見学通路を設置することで櫓や石垣の被災状況も公開しており、熊本地震からの復興の過程をリアルタイムで見学できる形になっています。城内の完全復旧は2037年予定とまだ道半ばではありますが、修復した天守の美しさと、震災の傷跡と復興プロセスを実際に目にすることができる貴重な場所のひとつになっています。

    引用:内閣府 防災情報のページ:特集 熊本地震から5年 ~「創造的復興」の実現で新しい熊本へ~

    熊本城は、築城から400年余の歳月を経て現在の私たちに受け継がれた重要な文化財であり、熊本の宝、ひいては我が国の宝です。また、年間を通じて国内外から多くの観光客が訪れる重要な観光資源であり、市民・県民の暮らしを見守ってきた"くまもとのシンボル"です。

    石垣や重要文化財建造物など甚大な被害を受けた熊本城の復旧には、長い歳月と多額の費用を要するほか、高度な専門技術や多くの人々の力が必要なことから、国や県等の関係機関との連携のもと、市民・県民をはじめ関係団体などの力を結集し、中長期的な視点を持って取り組まなければなりません。

    また、復旧していく熊本城を国内外へ向けた新たな観光資源として活用しながら、熊本のしごと・ひと・まちを元気にしていきます。

    • 復興のシンボルである天守閣の早期復旧を目指します。
    • 石垣や重要文化財建造物等の文化財的価値を損なわない丁寧な復旧を進めます。
    • 天守閣エリアの早期公開と復旧過程の段階的公開を行います。
    • 復旧後の耐震化など安全対策に向けて最新技術も取り入れた復旧手法の検討を行います。
    • 長期的な"100年先の礎づくり"として未来の復元整備につながる復旧を目指します。
    引用:熊本市:熊本市震災復興計画
  3. 災害から復興し、地域一丸となって持続可能なまちづくりに取り組む姿を、球磨モデルとして描いていく。模索しながらも一歩一歩前に進んでいく。別のキ―パーソンは次のようにいう。

    地域としてあらゆる食のアレルギー、禁忌、嗜好に対応できることは、観光客を呼び込むフックとなりえるでしょう。また、地元の農産物を多用して地産地消のメニューを開発することは、フードマイレージ (食料の輸送距離) 削減に繋がり、輸送にかかる燃料や二酸化炭素の排出量を抑えることで環境保護にも繋がります

    引用:やまとごころ.jp:災害を学びに、食の多様性への対応を通じてサステナブルな観光地域づくりを目指す。熊本県人吉球磨地域の取り組み

    フードロス対策として旅館の食事を量から多様性に、アラカルトやショートコースを取り入れるなどもまちづくりに組み込んでいくという。