はじめに

 

現地時間の1999年8月17日午前3時過ぎにトルコ共和国北西部を襲った地震は、トルコ最大の工業都市Izmitを中心に激甚な被害をもたらしました。時差+6時間の日本でも昼過ぎから、ニュースで報道されだしました。いつの大地震でもそうですが、正確な被害の全体像が判明するまでにはかなりの時間が掛かります。今回の地震でも、最初の報道では死者1,000人前後、負傷者5,000人前後でしたが、倒壊したビルの下敷きになった人々の救出活動が進むにつれて次第に被害が増えていきました。そして、4日後の21日には死者が10,000人、負傷者は30,000人を越え、さらに行方不明者が30,000人を越えるという惨事になりました。新聞やテレビの報道は、パンケーキクラッシュ(建物の柱が折れ、床が積み重なってつぶれた様子がパンケーキの様に見えることからこう呼ぶ)したビルの被害に焦点が当てられていましたが、一方では今回の地震による被害が、一般に軟らかい地盤が分布する海岸や湖の近くにある都市に集中していることが明らかとなってきました。

日頃から地震被害と地盤との関わりについて研究を進めている私たちにとって、今回のような事例は貴重であり、これまでも国内での地震災害はもとより海外での大規模な地震災害についても、現地へ調査団を派遣して災害実態を調査し、その結果を報告書としてとりまとめてきました。

震源付近の地名を付けて“KOCAELI(コジャエリ)地震”と呼ばれる今回の地震についても、今後の研究推進ひいては地震防災の発展に貢献できると考え、調査団を派遣することとしました。8月25日に3名(日本から2名とシンガポールの関連会社から1名)の調査団がイスタンブール入りし、ここを基地に6日間被災地を調査しました。以下は、今回の調査で得た現象の事実と被害の実態を目の当たりにしての印象を中心に、整理したものです。これまでの調査結果は印刷資料として刊行していますが、今回は情報化時代にあやかり、当ホームページ上に掲載することとしました。また、スピードの時代を反映してできるだけ早く調査結果を編集し、掲載することにしましたので、説明が不十分なところや不備な点があろうかと思います。ご覧いただき、ご批判、ご教授を賜れば幸甚です。

なお、今回の調査に際しては、詳細地図が入手できず、不自由しました。現地で市販されているもっとも詳細なもので25万分の1のスケールであり、日本国内で入手できるものと大差ありません。また、地盤関係の資料に関しては、トルコ全土の200万分の1(全国で1葉)と50万分の1(全国を21葉に分割)の地質図と100万分の1の活断層図(全国を3葉に分割)を入手できましたが、被災地のボーリング柱状図等の詳細資料は入手できていません。

最後に、今回の調査に当たっては現地で多くの方々からご協力を賜りました。Bogazici大学Kandilli地震研究所のErdik教授には、今回の地震や被災の概要について説明をしていただき、さらには、今後の緊急課題として、イスタンブール市の地震対策(マイクロゾーニング)について意見交換ができました。同研究所のTuncer助教授とOzel博士には詳細地図探しでお手を煩わせました。また、同大学生物学教室のBilgin助教授には日曜日に休みを割いて被災地調査のガイドをしていただきました。熊谷組トルコ営業所長の藤田雅彦氏には、現地調査のための車の手配からアンカラでしか手に入らないという地図の入手をはじめとして、現地滞在に際して一方ならぬお世話になりました。末筆ながら、これらの方々に深甚の謝意を表します。


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